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スマホの問題使用

研究が「依存」と呼ぶのをやめた理由、尺度が実際に聞いていること、そして日本の制度が端末ではなく中身で数えてきたこと。

測定のしかた

スマホの問題使用とは、本人が「自分で制御できていない」と感じていて、しかも何かを失っている状態を指す、研究側の呼び名です。診断名ではありません。どの分類体系にも載っていません。そしてこの持って回った言い方は意図的なもので、「依存」という語を擁護できないと判断したあとに残った言葉がこれです。

その後退のほうが中身のある話で、語彙の好みの問題ではありません。名前はチェックリストを連れてきます。チェックリストは質問票の項目になり、項目がそのまま測定になる。何と呼ぶかを変えたことで、何を数えるかが変わりました。

なぜ研究は「依存」と言うのをやめたのか

行動嗜癖は実在するカテゴリーですが、会員名簿は短いままです。ICD-11 が認めているのはギャンブル行動症とゲーム行動症で、そこで止まっています。スマホに相当する項目は、そこにも DSM-5 にも、他のどの診断マニュアルにもありません。

理由は臆病さではありません。この概念を物質依存から持ち出したとき、グリフィスが整理した六つの成分 —— 顕著性、気分修正、耐性、離脱、葛藤、再発 —— が一緒に付いてきて、そのうち二つがここでは指すものを失います。耐性とは同じ効果を得るためにより多くを必要とすることですが、「より多くのスマホ」が何なのかを誰も言えていません。 離脱のほうは、スマホ研究では「端末から離されたときの不快」として操作化されますが、それは鍵や財布から離されたときにも起きることです。パノヴァとカルボネルは基準を一つずつ点検し、依存という語を支える証拠は無い、尺度が拾っているものの多くは不適応的な対処と呼ぶのが正確だと結論しました。

ビリューらの反論はもっと鋭く、しかもスマホの話ではなく方法の話です。物質のひな型を前提にして、それが当たるように項目を書けば、十分にありふれた行動なら何にでも依存が見つかります。彼らはこれを日常生活の過剰病理化と呼びました。実際この手続きで、仕事、運動、ダンス、日焼けまでが依存として提案されてきています。

対象の側にも問題があります。スマホはチャンネルであって強化子ではありません。ガラスに執着している人はいない。離れられない対象はいつも具体的で、ある種のフィード、あるゲーム、ある集団の会話、特定の一人からの返信で、それぞれ動き方が違います。「スマホ使用」という一つの点数は、その違いを平均してしまいます。

尺度が実際に聞いていること

もっとも使われている道具は、ビアンキとフィリップスの携帯電話問題使用尺度と、クォンのスマートフォン依存尺度です。項目を読めば構念は見間違えようがなく、そしてそれは量ではありません。

聞いているのは、とらわれ(朝いちばんに触り夜最後に触る、別のことをしている最中に割り込んでくる)、制御の喪失(思っていたより長く、やめようとして何度も失敗した)、離脱に似た落ち着かなさ(手元に無いと焦る、不安になる)、そして生活への支障(眠れていない、仕事に出ている、人から言われる、お金)です。

何時間使ったかを聞く項目は、ほとんどありません。 出てくる場合も自己推定で、しかも周辺的です。つまり設計上、測られているのは「手に負えていないという経験」と、それに付いている損害のほうです。

ここに固有の難しさが生まれます。「すぐ確認できないと落ち着かない」「朝いちばんに手が伸びる」は、2026年に生きている大人のほとんどを記述してしまう文です。だから線をどこに引くかが、その下流のすべてを決めます。問題使用の有病率推計は数パーセントから標本の三分の一超までばらつき、その幅の大半はどの尺度とどの切り点を使ったかから来ていて、どの集団を見たかからは来ていません。切り点の問題がその一般形で、これはその中でもきれいな例です。

誰も設計していなかった結果

エリスらは、この種の道具に当然の問いを向けました。点数は、端末が記録しているものを予測するのか。おおむね予測しませんでした。尺度の点数と実測された使用量の関係は薄く、名前に「使用」と入っている質問票としては具合の悪い結果です。

一方で同じ尺度は、抑うつや不安と一貫して関係します。エルハイらの概観がその半分についての定番の参照先で、そしてそこが研究側の落ち着きどころです。人の調子を予測する質問票は、スマホがどれだけ点いていたかとはいちばん結びついていない質問票だった。

公平のために一つ留保を置きます。これらの尺度には苦痛や支障についての項目が含まれているので、苦痛との相関の一部は発見ではなく構成によって作られています。その反論を通ったあとに残るものは狭くなりますが、無くはなりません。

もう一つの議論 —— 設定アプリのあの時間の数字が、そもそも心配すべき変数ではないという議論 —— は、スクリーンタイムを扱った記事が自分の証拠つきで全部やっているので、ここでは繰り返しません。このページが扱っているのは構念とその名前です。

カルデフェルト=ウィンターの補償モデルは、もう一つの読み方として机の上にあり、矢印の向きが逆です。重い使用はたいてい何かの役目を果たしていて、多くの場合は本人に他の手段が無い何かを和らげている。いちばん研究されている候補は孤独です。この読みでは、高い点数は症状であり、スマホを治すのは症状を治すことになります。

日本の制度は、端末ではなく中身で数えてきた

ここが日本語版に固有の節です。そして日本語の事情は、前の節の批判を弱めるのではなく、一段強める方向に働きます。

日本語の制度側に最初に入った語は「スマホ依存」ではなく「ネット依存」でした。2013年に厚生労働省の研究班が中学生・高校生を対象に「病的使用」の割合を推計して広く報じられたとき、使われた道具はヤングのインターネット依存度テストの系統で、電話の尺度ではありません。専門外来のほうも同じで、久里浜医療センターが2011年に開いた部門の看板は「ネット依存」であり、2019年に ICD-11 のゲーム行動症が入ったときの受け皿もそこでした。治療と研究の制度は、端末ではなく中身で数えてきたのです。

これは偶然うまくいった選択です。前の節で書いたとおり、離れられない対象は具体的なフィードや具体的なゲームで、ガラスではない。英語圏が「smartphone addiction」という名前で平均してしまったものを、日本語の行政用語はたまたま分けて持っています。日常語だけが端末で数えていて、制度は中身で数えている。 この食い違いは英語圏には存在しません。

一方で、学校を経由して全国規模で集まっている数字のほうは、おおむね「一日あたり何時間」です。だから「国の調査がある」と言われたときに出てくるものは、構念の側が意図的に捨てた変数であることが多い。時間のデータは時間について正確で、それ以上のことには使えません。

高い点数とは何かというと、直近二週間の記述です。二つの軸、つまりどれだけ制御できている感じがあったか、そして何を失ったか。人の種類ではないし、病気でもありません。持てる病気が存在しないからです。

損害が出る場所は三つあって、それぞれに別の項目があります。夜の光と画面の中身は画面と睡眠、疲れているのに布団に行けないことは原因の別な現象で報復性の夜更かし、中断された仕事が中断のあとも高くつく理由は注意の残留です。スマホの測評は合計時間ではなく上の構念に沿って作られていて、三つの面を別々に読みます。

注意書きは書きやすいほうです。ここには診断が無いので、誰もこれと診断されることはなく、そう言われたら受け取らなくてよい。実在するのは苦痛と損害で、そちらはそれ自体として扱う価値があります。数か月にわたって眠りや仕事や人間関係を削っていて、本気で変えようとしても変わらなかった使用は、誰かに話す価値があります。そしてまともな相談なら、最初の問いは「その使用があなたのために何をしているか」になるはずです。賭博とゲームには認められた診断があるので、対象がそのどちらかなら話の枠組み自体が変わります。研究側の現在の立場は、結論ではなく保留として読むのが正確です。「問題のある」という弱い言葉は意図的にそこに留め置かれていて、守っているのは「これは独立した障害ではなく何かの症状だった」という可能性のほうです。

出典

  • · Billieux, J., Maurage, P., Lopez-Fernandez, O., Kuss, D. J., Griffiths, M. D. (2015). Can disordered mobile phone use be considered a behavioral addiction? An update on current evidence and a comprehensive model for future research. Current Addiction Reports.
  • · Billieux, J., Schimmenti, A., Khazaal, Y., Maurage, P., Heeren, A. (2015). Are we overpathologizing everyday life? A tenable blueprint for behavioural addiction research. Journal of Behavioral Addictions.
  • · Panova, T., Carbonell, X. (2018). Is smartphone addiction really an addiction? Journal of Behavioral Addictions.
  • · Griffiths, M. D. (2005). A 'components' model of addiction within a biopsychosocial framework. Journal of Substance Use.
  • · Bianchi, A., Phillips, J. G. (2005). Psychological predictors of problem mobile phone use. CyberPsychology and Behavior.
  • · Kwon, M., Kim, D. J., Cho, H., Yang, S. (2013). The Smartphone Addiction Scale: development and validation of a short version for adolescents. PLOS ONE.
  • · Ellis, D. A., Davidson, B. I., Shaw, H., Geyer, K. (2019). Do smartphone usage scales predict behaviors? International Journal of Human-Computer Studies.
  • · Elhai, J. D., Dvorak, R. D., Levine, J. C., Hall, B. J. (2017). Problematic smartphone use: a conceptual overview and systematic review of relations with anxiety and depression psychopathology. Journal of Affective Disorders.
  • · Kardefelt-Winther, D. (2014). A conceptual and methodological critique of internet addiction research: towards a model of compensatory internet use. Computers in Human Behavior.

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