画面と睡眠
夜の画面が睡眠に何をしているのか、なぜブルーライトの話がその中でいちばん弱い部分なのか、コクランの総説がカット眼鏡について出した結論、そして人によって五十倍違うということ。
ウェルビーイングの科学
「寝る前にスマホを見ない」は、どの睡眠の助言にも載っている最頻出の項目です。そして多くの人が吸収している版 —— スマホのブルーライトが特別に悪い —— は、研究が示していることを圧縮し、少し歪めたものです。
歪みには実害があります。読者を間違ったつまみへ送るからです。 カット眼鏡を買い、ナイトモードを入れ、そのうえでスマホを最大輝度のまま布団に持ち込んで二時間触り、何も変わらないので「あの研究は当てにならない」と結論する。
このページの立場を先に書きます。仕事の大半をしているのは明るさと時刻で、残りのかなりを画面の中身がしていて、波長はいちばんてこの短い部分です。 そして商業的にいちばん成功した対策 —— ブルーライトカットのレンズ —— が、証拠がいちばん薄い部分でもあります。
夜の光が実際にしていること
土台の生理は争われていません。目の中には、視覚ではなく体内時計へ情報を送る、短波長の光に最もよく反応する受容体があります。夜にそこへ光が届くとメラトニンが抑えられ、時計が遅い側へ押されます。
数字を出している所見が二つあります。
閾値は、思われているよりはるかに低い。 フィリップスらの2019年の研究では、メラトニンが半分抑えられる明るさは、平均しておよそ30ルクス未満でした。普通の室内照明より暗い水準で、居間が普通に供給している範囲の中です。画面は部屋にある唯一の光源ではなく、しばしば最も明るい光源でもありません。
個人差が非常に大きい。 同じ研究で、半減に必要な明るさは、最も感受性の高い参加者のおよそ6ルクスから、最も低い参加者のおよそ350ルクスまで散らばりました。同じ部屋にいる二人のあいだに五十倍の開きがあるということです。「夜の光は睡眠に影響するか」という問いに単一の答えが無いという意味で、そして深夜までスクロールしていて平気な友人が、本当に別の作りである可能性があるという意味でもあります。
画面そのものについては、チャンらの2015年の統制の効いた研究があります。就寝前の四時間、バックライト付きのタブレットか紙の本のどちらかを読ませ、それを数晩続けました。タブレット側は寝つくまでが長くなり、メラトニンが抑えられ、体内時計が一時間以上遅い側へずれ、寝床にいた時間は同じなのに翌朝の眠気が強くなりました。 カヨッヘンらの先行研究もLEDバックライトのPC画面で似た影響を見ています。効果は実在し、そしてその主戦場は夜そのものより翌朝です。
カット眼鏡という問題
短波長の光が仕組みなのだから、それを削れば助けになるはずだ —— これはまさに、検証が必要な種類のもっともらしい推論です。そして検証されました。
ローレンソンらの2017年のシステマティック・レビューは、ブルーライトを遮るレンズについて、主張されているすべての帰結にわたって証拠が弱いと結論しました。2023年のコクラン・レビュー(シンら)—— 現時点で最も厳密な統合 —— も同じ方向です。試験は明確な利益を支持しておらず、睡眠に関する証拠は決定的でなく確実性も低い。パソコン作業の眼精疲労も減らしていない。
仕組みと商品のあいだに、なぜ隙間ができるのか。おそらく、フィルターが関係する光のごく一部しか取り除かない一方で全体の明るさは変わらないから。腕の長さにある画面の影響は実験室の光箱よりずっと小さいから。そして画面で何をしているかは、最初からフィルターの対象ではなかったから。
わざわざこれを書くのは、繰り返しによってほとんど常識の位置に来てしまった主張だからです。部屋を暗くするほうが、波長を削るより多く効きます。 スマホのナイトモードは無用ではありませんが、小さいてこが大きいてことして提示されています。
日本語圏の読者には、もう一段強い材料がある
ここは日本語で書く価値のある節です。この件について、日本の専門学会が連名で文書を出しているからです。
2021年4月14日、日本眼科学会、日本眼科医会、日本近視学会、日本弱視斜視学会、日本小児眼科学会、日本視能訓練士協会の6団体が、「小児のブルーライトカット眼鏡装用に対する慎重意見」を公表しました。デジタル端末に触れる時間が延びた子どもにカット眼鏡を勧める動きに対して、専門家として危惧を示す、という文書です。
中身は三点です。液晶画面から出るブルーライトは、曇天や窓越しの自然光より少なく、網膜に障害を生じる水準ではない。 小児にとって太陽光は発育に良い影響があり、十分に浴びない場合は近視進行のリスクが高まるため、カット眼鏡の装用がブルーライトの曝露そのものより有害である可能性を否定できない。 そして、ランダム化比較試験でカット眼鏡に眼精疲労の軽減効果が認められていない。
ここで正確さを保つ必要があります。この文書は小児の眼と発育についてのもので、成人の睡眠についてのものではありません。 「学会がブルーライトカットは睡眠に効かないと言った」と要約するのは、この文書を使い過ぎです。睡眠について何が分かっていないかを言っているのはコクランのほうで、眼について何が分かっているかを言っているのがこの6団体の文書です。二つは別の主張で、別の主張であるまま並べても、十分に強い。
もう一つ、日本語圏に固有の事情を書いておきます。「ブルーライトカット」は、ここでは研究の語彙としてよりも先に、眼鏡量販の商品カテゴリの名前として定着しました。 二〇一〇年代の前半に度なしのPC用眼鏡が一般向けの棚に並び、そこから「ブルーライト」という語が日常語になった。つまり日本語の読者の多くにとって、この語は学説の名前ではなく、買ったことのあるものの名前です。 だから反証が届きにくい。自分の判断を否定される話として読まれてしまうからです。
そのうえで、公平に書きます。カット眼鏡が無駄だという証拠ではありません。「効くという証拠が無い」という状態です。 その二つは違います。そして眼鏡そのものは害になるものでもありません(6団体の慎重意見は小児について、太陽光の遮断という別の経路の懸念を述べたものです)。この項目に対して現実的な結論は一つだけです。夜の睡眠を良くするために買うのであれば、順番が違います。
もう一つ、部屋の照らし方のほうも書いておきます。 日本の住宅でごく一般的なのは、天井に一つ置いた高出力のシーリングライトで、部屋全体をむらなく明るくする方式です。これは研究で国際比較された話ではなく、部屋を見比べれば分かる程度の話として書きますが —— フィリップスの「30ルクス未満で半減」という数字は、この照らし方の上ではかなり強く効きます。 手元だけを照らす低い灯りを使う部屋より、リビング全体が均一に明るい部屋のほうが、夜の光の総量が多い。画面を伏せても、天井がついたままなら、いちばん大きい光源は消えていません。 調光のできるシーリングライトなら、最後の一時間だけ落とす。できないなら、その一時間だけ天井を消して手元の灯りに移る。どちらも無料で、カット眼鏡より大きい変更です。
画面の中に何が入っているか
現実場面の研究で睡眠の悪さと最も安定して結びついている変数は、実は光ではありません。
エクセルマンスとファン・デン・ブルックは、一般の成人集団で、就床時のスマートフォン利用が、就床時刻の後ろ倒し、寝つくまでの時間の延長、睡眠の質の低下、日中の疲労の増加を予測することを見ています。この種の比較ではスマホはテレビより悪く出ることが多く、その違いは明らかに光学的なものではありません。スマホは双方向で、反応が返ってきて、社会的で、終わりがありません。
裏側に三つの仕組みがあって、それぞれ答えが違います。
- 覚醒。 夜十一時のメッセージ、言い合い、仕事のメール。疲れているのに眠れないが書いている系が立ち上がります。どんなフィルターもここには触れません。 そして夜のチャットに即座に返す規範が職場や関係の側にあるなら、それは光の問題でも意志の問題でもなく、線引きの問題です —— 人との境界線のほうの話になります。
- 押し出し。 スクロールした一時間は、眠っていない一時間です。生理ではなく算数で、おそらく単独では最大の効果です。その一時間がなぜ手放しにくいのかは寝る前の先延ばしに書きました。
- 終わりが無いこと。 本には章があり、番組にはかつてエンドロールがありました。無限に続くフィードには「ここでやめるのが自然」という地点がありません。だから、やめる合図は外から来るしかありません。
これを知ったあと、何ができるか
効きそうな順に並べます。
波長ではなく、一時間を動かす。 スマホが睡眠を一時間奪っているなら、その一時間が対策です。他のどの項目もこれには勝てません。
画面ではなく、部屋全体を暗くする。 30ルクスという数字を踏まえるなら、天井の照明は端末と同じかそれ以上に効いています。最後の一時間を低く暖かい灯りにする —— 数日で体感が変わる種類の変更です。
中身を選ぶ。 同じ画面でも、ゆっくりしたドキュメンタリーと仕事の受信箱は別の刺激です。覚醒の差のほうが、光の差より大きい。
朝に明るい光を浴びる。 誰も何も売っていない部分で、体内時計に対していちばん強いてこです。朝の光は時計を前に引き、夜の眠気が時間どおりに来るようにします。どれくらい前に引けるかは朝型・夜型の側の話です。
そして、どれも信じる前に自分で試す。 感受性に五十倍の幅がある以上、ここでは一般論より自分の証拠のほうが強い。スマホを寝室の外に置いた二週間が、このページより多くを教えます。 前後を比べる目盛りが要るなら睡眠の質診断があります。そして画面を消しても夜が悪いままなら、問題は画面ではありませんでした。 その場合に何が問題なのかは睡眠衛生のほうに書いてあります。
出典
- · Chang, A. M., Aeschbach, D., Duffy, J. F., Czeisler, C. A. (2015). Evening use of light-emitting eReaders negatively affects sleep, next-morning alertness, and circadian timing. Proceedings of the National Academy of Sciences.
- · Cajochen, C., Frey, S., Anders, D., et al. (2011). Evening exposure to a light-emitting diodes (LED)-backlit computer screen affects circadian physiology and cognitive performance. Journal of Applied Physiology.
- · Phillips, A. J. K., Vidafar, P., Burns, A. C., et al. (2019). High sensitivity and interindividual variability in the response of the human circadian system to evening light. Proceedings of the National Academy of Sciences.
- · Singh, S., Keller, P. R., Busija, L., et al. (2023). Blue-light filtering spectacle lenses for visual performance, sleep, and macular health in adults. Cochrane Database of Systematic Reviews.
- · Lawrenson, J. G., Hull, C. C., Downie, L. E. (2017). The effect of blue-light blocking spectacle lenses on visual performance, macular health and the sleep-wake cycle: a systematic review. Ophthalmic and Physiological Optics.
- · Exelmans, L., Van den Bulck, J. (2016). Bedtime mobile phone use and sleep in adults. Social Science & Medicine.
- · 日本眼科学会・日本眼科医会・日本近視学会・日本弱視斜視学会・日本小児眼科学会・日本視能訓練士協会 (2021). 小児のブルーライトカット眼鏡装用に対する慎重意見.