朝型・夜型(クロノタイプ)
ヒバリ型、フクロウ型、そして広い真ん中。クロノタイプとは何か、どこまでが遺伝で、なぜ年齢とともにずれるのか。そして体が同意していない時計で生きる代償について。
ウェルビーイングの科学
クロノタイプとは、体が眠りたい時刻、起きたい時刻、頭が働きたい時刻のことです。実際にそうしている時刻ではありません——そちらはたいてい他人が決めています。何にも強いられなければ、自然とそこへ落ち着く時刻のほうです。
同じ時間割で動いている二人が、まったく違う一日を過ごしているのはこのためです。片方は七時にはもう頭が冴えていて夜九時を過ぎると使いものにならず、もう片方はその逆。
呼び方は鳥です。ヒバリ型が朝型、フクロウ型が夜型、そして大多数はどちらかに傾いた広い真ん中にいます。名前をつける意味はラベルそのものではありません。これが実在する体質で、半分ほどは遺伝で決まっていて、そして世の中の始業時刻からはほぼ完全に無視されている、ということのほうです。
どう測るのか、自分はどこにいるのか
古典的な検査は1976年のホーンとオストベリの朝型夜型質問紙で、「もし一日が自分のものだったらどうするか」を尋ねます。何時に起きるか、何時がいちばん冴えているか、朝六時開始をどう感じるか。のちにティル・ローネベルクらは、もっと単純な発想でミュンヘン・クロノタイプ質問紙を作りました。休日に実際に何時から何時まで眠っているかを訊き、その睡眠のまん中の時刻をクロノタイプとする。
自分で見当をつけるならこの後者が早いです。目覚ましをかけない休日に、何時に自然に目が覚めるか。十時を回るなら、あなたは夜型の側にいます。分布は真ん中が膨らんだ釣鐘型で、夜側に長い裾があります——極端なヒバリ型はごく少数、極端なフクロウ型のほうが厚い、という非対称です。
クロノタイプ診断も同じ考え方で、仕事の日ではなく自由な日の場面を訊きます。返すのは位置だけでなく傾きの強さです。軽いフクロウ型と筋金入りのフクロウ型は、まったく別の問題を抱えるからです。
これは習慣ではありません
およそ半分は遺伝です。 コスケンヴオらのフィンランドの双生児8,753組の研究は、朝型夜型の遺伝率をおよそ50パーセントと見積もっています。残りは年齢と光と生活リズムであって、意志の力ではありません。夜型に「朝型になれ」と言うのは、背の高い人に「もっと努力して背を低くしろ」と言うのに近い。
年齢とともに、決まった向きに動きます。 ローネベルクらのデータでは、クロノタイプは思春期を通じてどんどん遅くなり、二十歳前後で最も遅くなり、そこから生涯かけて少しずつ早くなっていきます。朝起きられない中学生は怠けているのではなく、五時に目が覚める六十代は勤勉なのでもありません。二人とも同じ曲線の上の、別の場所にいるだけです。
光は動かせます。ただし少しだけ。 朝の光は時計を早め、夜の光は遅らせます。ここが唯一の実用的なレバーで、屋外で働くフクロウ型が画面の前のフクロウ型より早く回っているのはこのためです。ただし動く幅は数十分であって、数時間ではありません。
「早起きは三文の徳」という余計な重荷
ここが日本語で読むときに、いちばん厄介なところです。
早起きは諺になっています。学校には朝礼があり、部活には朝練があります。始業前に席に着いていることが評価される職場は、まだ珍しくありません。つまり日本語圏では、朝型であることが体質ではなく人格の一部として扱われてきた。その裏返しとして、夜型であることが「だらしない」「自己管理ができていない」という告白のように聞こえてしまいます。
この混線には実害があります。体質の問題が性格の問題に化けると、対処のしようがなくなるからです。「意志が弱い」は改善案を持ちません。「体内時計が社会の時計より二時間遅い」は、交渉できる具体です。夜型の人が自分を責めることに使っているエネルギーは、始業を一時間ずらす交渉に使ったほうが、はるかに効きます。
そしてもう一つ。思春期のクロノタイプが最も遅くなる時期と、日本の学校がいちばん早い始業を要求する時期は、見事に重なっています。朝練に間に合わない十代は、怠けているわけでも反抗しているわけでもありません。
社会的時差ぼけ —— 合っていない時計の代償
ウィットマンとローネベルクは2006年、体が求める睡眠と週のスケジュールが許す睡眠とのずれを社会的時差ぼけ(social jetlag)と名づけました。休日の睡眠のまん中の時刻と、仕事の日の睡眠のまん中の時刻。その差が何時間あるか——それが、あなたがどこへも行かないまま毎週月曜に飛んでいる距離です。
九時始業のフクロウ型では、二時間以上あることが珍しくありません。平日の夜は短く、週末に寝だめをすると時計はさらに遅い側へ押し戻され、せっかくのずれ戻しは帳消しになる。そして月曜がやってきます。本人を含む全員に「気合いの問題」に見える疲れを連れて。通勤に片道一時間かかる生活では、この二時間はそのまま睡眠時間から引かれます。この差額が一週間かけてどう積み上がるのかは、夜型が朝型の時間割の中で実際に払っているもののほうで朝の起床から夜の寝つきまで順に追っています。
大規模研究は、社会的時差ぼけの大きさと、気分の落ち込み、刺激物への依存、体重の増加との関連を報告しています。ただしこれは集団の中の関連であって、個人への判定ではありません。結果ページで私たちが名づけている「ヒバリの時計で生きるフクロウ」というパターンは、クロノタイプ診断が夜型と出て、睡眠の質診断が「夜が回復になっていない」と出たときに点灯します。それは体質が時間割とぶつかっている、という意味です。
夜になって急に頭が冴える感覚そのものについては、疲れているのに眠れないのほうで扱っています。フクロウ型であることと、覚醒が下がりきらないこととは、別のことです。
これを知ったあと、自分と、隣で寝ている人にできること
クロノタイプを欠点ではなく体質として扱うと、実用的なことが二つ出てきます。
一つめは交渉です。始業を一時間遅らせる——フクロウ型にとって、これで変わる量は大きく、しかも意外と通ります。仕事を減らしてくださいではなく、その一時間をください、と頼むほうが話が早い。朝を動かせない職場なら、起床時刻のほうを絶対に固定して、代わりに光を動かします。起きて十分以内に明るい光を浴びる、夜九時以降は画面を暗くする、そして週末に寝だめをしない。寝だめは、平日かけて寄せた分をきれいに元へ戻してしまいます。
二つめは、カップルの時計がずれていることが多く、しかもそのずれが別の問題の顔をして現れる、ということです。フクロウ型が話したい時間にヒバリ型はもう眠っていて、ヒバリ型が冴えている時間にフクロウ型はまだ立ち上がっていない。そうして「夜にしようと思っていた話」が一度もされないまま、されなかったこと自体が澱になる。これは予定の問題が関係の問題として読まれている状態です。どちらがそれを回避する側に回るかは、対立スタイル診断によく出ます。お互いの時計に名前をつけるだけで、責める気持ちが驚くほど減ります。
範囲について一つ。クロノタイプは好みであって、正常の幅はとても広いものです。ただしその好みが極端すぎて日常生活が成り立たないとき——毎晩明け方まで眠れず、目覚めるのは昼過ぎ、それが何年も続いている——それは概日リズム睡眠障害、なかでも睡眠相後退症候群と呼ばれる状態で、質問紙の領分ではありません。睡眠外来や精神科・心療内科で相談できます。体質と障害の境目は「ずれているかどうか」ではなく、ずらそうとしてもどうにもならず、生活が壊れているかどうかです。
出典
- · Horne, J. A., Östberg, O. (1976). A self-assessment questionnaire to determine morningness-eveningness in human circadian rhythms. International Journal of Chronobiology.
- · Roenneberg, T., Wirz-Justice, A., Merrow, M. (2003). Life between clocks: daily temporal patterns of human chronotypes. Journal of Biological Rhythms.
- · Wittmann, M., Dinich, J., Merrow, M., Roenneberg, T. (2006). Social jetlag: misalignment of biological and social time. Chronobiology International.
- · Roenneberg, T., et al. (2007). Epidemiology of the human circadian clock. Sleep Medicine Reviews.
- · Koskenvuo, M., Hublin, C., Partinen, M., Heikkilä, K., Kaprio, J. (2007). Heritability of diurnal type: a nationwide study of 8753 adult twin pairs. Journal of Sleep Research.