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「好きなことを仕事に」と、やりがい搾取

世界でいちばん繰り返されているキャリア助言を検討します。「好きを見つけろ」を信じた人に何が起きるか、使命感の代償について研究が見つけたこと、そして日本語には既にその名前があるという話。

ウェルビーイングの科学

「好きなことを仕事に」は、世界でもっとも繰り返されているキャリア助言で、そして直接研究された数少ない助言のひとつです。結果は、この助言にとって芳しくありません。

問題は文法にあります。「見つける」も「従う」も、その情熱が既に完成した形でどこか自分の外にあり、発見されるのを待っている、という前提を置いています。もしそれが本当なら、やるべきことは捜索です。そしてまだ見つかっていないということは、探し方が足りないか、自分に何かが欠けているか、のどちらかになります。両方ともよくある結論で、両方とも誤りです。この信念を持った人に何が起きるかの研究が、この頁の中心です。

これは「どうでもいい仕事をしろ」という主張ではありません。情熱は、何かを一定期間うまくやった結果として出てくることのほうが多く、始めるための前提条件ではないという主張です。そしてこの順序を取り違えると、代償が出ます。

それを信じると、何が起きるか

オキーフ、ドゥエック、ウォルトンは2018年に、暗黙の興味観と呼ぶものについて五つの研究を行いました。興味は根本的に見つかるもの(固定)だと考えるか、育つもの(成長)だと考えるか、という違いです。所見は具体的です。標本はアメリカのものだという但し書きはつけておきます。

固定観を持つ人は、既存の興味の外にある領域に対して開かれていませんでした。よく書けた記事を知らない分野から見せられても、関与が低い。理屈は通っています —— 興味が生まれつきのものなら、知らない分野は「そこが自分の領域ではない証拠」になるからです。

そして情熱が自分を運んでくれることを期待していました。 本当の興味を追いかけるのはどんな感じかと尋ねると、固定観の人は際限のない動機づけとわずかな困難を予想しました。害を出しているのはここです。 罠が仕掛けられるからです。

新しい興味が難しくなったとき、固定観の群の興味は、成長観の群より有意に大きく落ちました。困難が信号として読まれたからです —— これが本当に自分の好きなことなら、こんな感じにはならないはずだ。上達の過程にある普通の手触り、とは読まれませんでした。

これが、「好きを見つけろ」が最初の苦しい一か月で有望なものを捨てる人を生産する機構です。この助言は、助けにならないだけではありません。退出条件をインストールします。 困難を信号ではなく手触りとして読み直す枠組みは成長マインドセットのほうにあります。

仕事・キャリア・天職

ウジェニエフスキらは1997年に、人が仕事と関係を結ぶ仕方は三通りあり、しかもその三つは同じ職業の中に現れる —— 職業ごとに分かれるのではない —— ことを見つけました。

ジョブはお金のためのもので、満足はその外にあります。キャリアは前進のためのもので、満足は進歩と地位から来ます。コーリング(天職)はそれ自体が目的で、その人が自分を何だと思っているかと分けられません。事務職を対象にした標本は、同一の業務をしながら三つにおおよそ均等に分かれました。

ここから、情熱を語る文章がたいてい省略する二つが出ます。

天職は業界が配っているものではありません。 同じ職務が三つの向き合い方を許容するなら、向き合い方は少なくとも部分的には構築されたものです。すると「天職になる業界を見つける」はカテゴリー錯誤になります。同時に、三つとも正当だということでもあります。大事にしている生活を支える仕事は失敗状態ではなく、多くの標本でおよそ三分の一の人が苦痛なしにそう記述しています。

そして天職には、記録された代償があります。 バンダーソンとトンプソンは2009年に動物園の飼育員を調べました —— 低賃金で身体的にきつく、献身を理由に入ってくる職業です。彼らが自分の所見につけた名前は両刃の剣でした。強い使命感は意味と同一化をもたらし、同時に道徳的義務の感覚をもたらして、飼育員を低い賃金・個人的犠牲・不合理な要求に対してより受け入れやすくし、辞めることを決断ではなく裏切りとして見せるようにしていました。ダフィーとディクによるコーリング研究の総説も、より広い範囲で同じ結論に達しています —— 天職は幸福とも、搾取とも、辞めにくさとも関係する。

つまり情熱は無料の財ではありません。てこであり、そのてこは全部が自分のものではありません。 それが労働時間に何をするかはワーカホリズムとワーク・エンゲイジメントにあります。

日本語には、その発見の名前が既にあります

ここが英語版に対応する節の無い部分で、しかも日本語のほうが手数が少なくて済む珍しい場所です。

英語版は前の節に最大の字数を使います。動物園の飼育員という珍しい職業の話から、「強い使命感は雇う側にとって都合がよい」という一般命題を引き出す必要があるからです。日本語ではその作業が要りません。名前がもうあります。

「やりがい搾取」。 本田由紀が2007年ごろから使い始め、『軋む社会』で論じた語で、いまでは労働問題の日常語です。本田はこの構造が成立しやすい条件として、趣味性、ゲーム性、奉仕性、そして組織への同一化といった要素を挙げています。バンダーソンとトンプソンが飼育員で測ったのは、この語が指しているものそのものです。 片方は言葉で、片方は測定値です。日本語の読者にとってこの研究は、風変わりな職業についての海外の知見ではなく、既に知っている現象に数字がついたという話になります。

対応関係を具体的に見ておく価値があります。「好きでやってるんだから」「やりがいのある仕事だろう」「この業界はそういうものだ」 —— これらの文が実際に何をしているかというと、道徳的義務の感覚を賃金と労働条件の代わりに使っています。 そして効きます。効く理由は、言われた側が本当にその仕事を好きだからです。嘘ではないから効くというのが、この構造のいちばん嫌なところです。

もうひとつ、この助言が日本語で一世代分広がった経路も書いておきます。2014年の「好きなことで、生きていく」。YouTube の日本向けキャンペーンの言い回しで、そこから職業の選択肢としての YouTuber が一般化しました。この文の主語が省略されているのは日本語として自然ですが、省略された主語の位置に誰が入るかは、後から決まります。 自分が入ることもあれば、雇う側が入ることもあります。

その前史が「自分探し」です。1990年代から2000年代にかけて、まだ見ぬ本当の自分がどこかにあり、それを見つければ職業も決まる、という語り方が流通しました。オキーフらの固定観そのものが、日本語では先に文化的な語として普及していたことになります。

「天職」「適職」「本業」は、別々の問いです

語のほうも一度分けておきます。「天職」は passion の訳語ではありません。

天職は、天から与えられた職、という含意を持つ語です。呼ぶ主体が自分の外にいるので、行かなかった場合に何かに対して失格したという感覚が語の中に最初から入っています。前の節の「道徳的義務」と、ほぼ同じ場所を指しています。

適職は測定の語です。自分の特性と職務要件が合っているか、という問い。何が測れて何が測れないかは職業興味にあります。

本業は配分の語です。時間と収入の主たる出どころはどれか、という問い。好きかどうかも、合っているかどうかも聞いていません。

三つは別々の問いで、別々に答えが出ます。「好きなことを仕事に」が苦しいのは、たいていこの三つをひとつの問いに圧縮しているからです。 好きで、合っていて、生活を支える —— 三つ同時に満たす一点を探す捜索は、当然ながらほとんど失敗します。

ついでに、日本語の読者の多くがこの結果を読む時点についても書いておきます。職業経験がほぼ無い時期に、しかも職務ではなく所属が先に決まる採用形式の中で読む、という前提の話は職業興味が一節を割いて扱っているので、ここでは繰り返しません。この頁の前提としてだけ使います —— つまり、以下の問いは「まだ選べない対象」についてではなく、「いま既に手元にある材料」について立ててください。

助言の下にある、本当のこと

指し示されている本物が何かはあり、批判を通過して残ります。

興味は持続を予測し、持続は技能を作り、技能はさらに興味を生みます。 このループはよく支持されています —— 本質的には内発的動機づけ自己決定理論の有能さの欲求が記述しているものです。誤りはループの入り口についてです。入るのに情熱は要りません。要るのは、ほどほどに面白い何かと、目に見えて上達する期間と、有能さに伴う手応えです。

適合は実在します。 何に惹かれるかは人によって本当に違い、それに仕事を合わせることは職業心理学でよく支持されている考えのひとつです。ただし適合は次元で測られます —— 人と働くか仕組みと働くか、構造か変化か、作るか分析するか。唯一の真の天職とはまったく別のものです。 キャリア興味診断はその次元を読みます。「私の情熱は何か」より、ずっと答えの出る問いです。

努力のほうも売られすぎました。 一時期、情熱問題の答えとして grit が提示されました。日本語では『やり抜く力』として広く読まれた側の話です。クレデ、タイナン、ハームズの2017年のメタ分析は、grit と成績の関係が一般向けの説明より控えめであること、そして構成概念が誠実性とかなり重なっていることを見つけました。しかも「興味の一貫性」の側面 —— つまり情熱の半分 —— のほうが予測力が弱い。 正直な立場はこうなります。生まれつきの情熱も、英雄的な持続も、本が約束したてこではありませんでした。

もっと答えの出る問い

情熱が無く、しかも必要だと言われているなら、捜索を、答えの出る五つの問いに置き換えてみてください。

報酬が無いのに注意を保ち続けたものは何か。 楽しいことではありません。誰も見ておらず、誰も払っていないのに繰り返しやったこと。 それが興味についてのデータで、たいてい格好がつかず、しかも既に自分の履歴の中にあります。

どの種類の問題の近くにいたいか。 興味は職種名の水準より問題の種類の水準のほうが安定します。何十年も飽きずにいる人は、役割ではなく問いを持ち歩いてきた人であることが多い。

何について、二年間下手なままでいてもいいか。 四つのうちいちばん診断的です。困難に前もって値段をつけるからで、それを「やめる合図」として扱う代わりになります。

その仕事に何を買ってほしいのか。 お金、裁量、地位、貢献、時間、特定の人たちとの距離。これらは価値観で、情熱と違って確認可能です。仕事の価値観診断がそのためにあり、ジョブ・クラフティングは、辞めずに答えに手をつける方法です。仕事が自分の何を占めているかは仕事と自己同一性にあります。

そして日本語で五つめが要ります。辞めることを、裏切りだと感じるか。 これはバンダーソンとトンプソンが実際に測った変数で、しかも日本語では「石の上にも三年」「途中で投げ出す」という形で、外側からも補強されています。辞めるかどうかを聞いているのではありません。 辞めるという選択肢を考えたときに出てくるのが「損得の計算」なのか「後ろめたさ」なのかを見る問いです。後ろめたさが先に出るなら、その仕事について自分が持っている情報の一部は、自分のものではありません。 誰かが置いていったものです。天職が本当に自分のものであることはあり、そのときそれは何年をどう使いたいかについての貴重なデータです。語のほうは、その二つを区別してくれません。 区別は自分でやることになります。

締めに二つ。情熱についての問いが切迫しているなら —— 持っていないことが欠陥のように感じられるなら —— 圧はたいていキャリア設計ではなく自己同一性から来ていて、仕事と自己同一性のほうが役に立ちます。そして、情熱があったのに静かになったなら、それを「最初から本物ではなかった証拠」と読まないでください。意味の喪失は燃え尽き症候群の三面のひとつで、回復するのは新しいキャリアによってではなく、負荷が下がることによってです。

出典

  • · Wrzesniewski, A., McCauley, C., Rozin, P., Schwartz, B. (1997). Jobs, careers, and callings: people's relations to their work. Journal of Research in Personality.
  • · O'Keefe, P. A., Dweck, C. S., Walton, G. M. (2018). Implicit theories of interest: finding your passion or developing it? Psychological Science.
  • · Bunderson, J. S., Thompson, J. A. (2009). The call of the wild: zookeepers, callings, and the double-edged sword of deeply meaningful work. Administrative Science Quarterly.
  • · Duffy, R. D., Dik, B. J. (2013). Research on calling: what have we learned and where are we going? Journal of Vocational Behavior.
  • · Credé, M., Tynan, M. C., Harms, P. D. (2017). Much ado about grit: a meta-analytic synthesis of the grit literature. Journal of Personality and Social Psychology.
  • · 本田由紀 (2008). 『軋む社会 —— 教育・仕事・若者の現在』. 双風舎.

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