自己決定理論
三つの欲求 —— 自律性、有能感、関係性。職場の証拠が支えている範囲、動機づけを量ではなく種類として読む理由、そして自分の場合どれが飢えているのかの見分け方。
ウェルビーイングの科学
動機づけについての助言のほとんどは、それを量として扱います。いくらか持っていて、もっと欲しくて、こうやって補充する。
自己決定理論は、その形が間違っているという、最もよく支持されている主張です。 エドワード・デシとリチャード・ライアンが1970年代から組み立てたもので、動機づけには量ではなく種類があり、どの種類になるかは三つの条件が満たされているかで決まる、とします。自律性(やっていることが自分のものだという感覚)、有能感(それができていて、上手くなっているという感覚)、関係性(誰かにとって意味があり、誰かと共にやっているという感覚)。
実務上の帰結は一つです。「やる気が出ない」は診断ではありません。 よくある原因が三つある症状で、三つには別々の手当てが要ります。
三つの欲求
自律性は三つの中で最も誤読されます。独立でも、一人で働くことでも、上司がいないことでもありません。「その行為の背後にある理由を、自分が支持できる」ということです。誰に割り当てられたものであっても、なぜそれをやるのかを理解して同意していれば、人は自律的でいられます。逆に、完全な自由があっても統制されていると感じることがあります —— その自由が、自分では間違っていると思う数字に届かせる自由なら。
有能感は自信でも資格でもありません。少し難しいことに対して有効に働けていて、上手くなっているという、生きた感覚です。飢えさせる条件が正反対に二つあります —— 手が届かず、上がる道も見えない仕事と、いつまでも自分より下にある仕事。そのあいだの狭い帯についてはフローの項が書いています。
関係性は組織がいちばん最後に思い出すもので、評判より重いものを担いでいます。必ずしも友情ではありません —— 周りの人が何らかの実質的な意味で自分と共にいて、自分のやったことが誰かに届いているという感覚です。自律性も有能感も揃っているリモートの役割が、それでも平坦になっていく理由であり、悪いチームが面白い仕事を耐え難くする理由でもあります。
欲求が飢えたとき、動機づけは単に縮むのではなく、種類が変わります。 ここが、この理論の診断としての働きどころです。
動機づけには種類がある
デシとライアンは、自己決定の度合いの低いほうから高いほうへ、種類を連続体の上に並べます。名前は扱いにくく、区別は有用なので、平たく書きます。
- 無動機づけ。 理由がまったく無い。動作だけをなぞっていて、お金のためですらない。
- 外的調整。 報酬のため、罰を避けるため。報酬が止まれば止まる。
- 取り入れ的調整。 罪悪感、恥、不安を避けるためにやる —— 内側の監督官です。内側からは規律のように感じられるので、何年も検討されないまま残ります。
- 同一化的調整。 結果に価値を認めているからやる。作業自体は退屈でもかまわない。確定申告、なりたい何かの退屈な基礎。
- 統合的調整。 その価値が、自分の見方の一部になっている。
- 内発的動機づけ。 やることが報酬。
この一覧そのものより価値のあることが二つあります。一つ、大人の仕事のほとんどは同一化的調整で動いていて、それでいいということ。仕事で内発的動機づけが切れないことを目指すのは、チクセントミハイのサンプルですら断続的にしか到達しなかった状態を目指すことです。二つ、危ないのは真ん中の取り入れ的調整だということ。それは産出を生み、献身に見え、規律・強迫・そして最終的な疲弊と呼ばれるものの、かなりの部分の動力源になっています。それが外からどう見えるかはワーカホリックとワークエンゲージメントの項です。
日本語の「自律」は、連続体の別の段を指している
ここから英語版に対応する節がありません。訳語が理論の中の違う場所を名指しているからです。
autonomy の定訳は「自律性」です。ところが「自律」は字義どおりには自らを律することで、日常の日本語でもその意味で使われます —— 自律した社会人、自律的に動ける人。規律の含意が入っています。
理論の上では、それは自律ではありません。取り入れ的調整です。自分を律する、つまり内側の監督官に従うことは、連続体の上で自律の一段下 —— 前の節で「危ない真ん中」と書いた段 —— に当たります。
理論のいちばん健康な端の訳語が、いちばん注意すべき中間を名指している。 これは翻訳の粗ではなく、実害のあるずれです。「自律的に働けていますか」と訊かれた日本語話者の多くは、自分をどれだけ厳しく管理できているかを答えます。理論が訊いているのは逆側で、その仕事の理由に、あなたは同意しているかです。
もう一つ、隣に置かれやすい誤読もあります。自律を「独立」と読むこと。 一人でやること、頼らないこと。これも違います。そして、この区別は文化横断の証拠にとって決定的です —— 三つの欲求が普遍かどうかという二十年来の論争で、自律を「支持できること」と定義したときの証拠はおおむね支持的で、「独立」と読んだときの証拠はずっと弱い。 定義が結論を動かします。
だから、日本語でこの理論を使うときの実務は、語を置き換えることです。「自律的か」ではなく、「この仕事の理由に、自分は同意しているか」。 同意していないが従っている、が答えなら、それは規律が足りないのではなく、自律性が飢えています。
「主体性」は、条件を特性として要求している
日本語圏でこの理論がいちばん実際的になるのは、採用の場面です。
日本経済団体連合会が会員企業に行ってきた新卒採用アンケートで、選考にあたって特に重視した点の一位は長年「コミュニケーション能力」、二位は「主体性」でした。2018年度の調査では、コミュニケーション能力が16年連続の一位で82.4%、主体性が10年連続の二位で64.3%。十年以上、同じ二つが動いていません。
ここで起きていることを、理論の語彙で言い直すと鋭くなります。自律性は、環境が供給する条件です。 理由が説明されているか、制約の中に本物の選択があるか、圧力が最小化されているか。デシ、オラフセン、ライアンが2017年にまとめた職場研究が示したのも、自律性を支持するマネジメントのほうが統制的なものより良い結果を出す、という環境側の所見でした。
「主体性」は、候補者が持参する特性として要求されています。
条件を特性として要求する、という取り違えが、制度の入口に据えられている。そして入ったあとの配属と異動は、本人が選びません。 主体性を持って入ってきてくださいと言い、行き先はこちらが決めます、という組み合わせは、理論の語で言えば自律性を要件にして、自律性を供給しないということです。
これは企業を責めるための段落ではありません。読者が自分の状態を誤診しないための段落です。 「主体性が足りない」と評された人、あるいは自分でそう思っている人は、性格の欠損を疑う前に、もっと安く確かめられることがあります。直近で、理由を説明されないまま渡された仕事はいくつあったか。 説明されていない仕事に手が動かないのは、主体性の不足ではなく、支持できない理由に同意できていないということです。この二つは、打つ手がまったく違います。
職場の証拠は何を支えているか
自己決定理論は心理学の中でもよく検証された枠組みで、職場での像は一貫しています。
ファン・デン・ブルックらは2016年に、職場における三つの欲求の研究を大きくまとめ、欲求の充足がエンゲージメント、職務満足、業績、そして疲弊の低さと関係すること、そして三つが互換ではなく別々の型を示すことを報告しました。2017年のデシらのレビューも、自律性を支持する風土について同じ結論に着いています。
正直な限界を二つ。証拠の多くは自己報告で横断的であり、満たされた欲求と良い結果のあいだの因果は双方向に走ります。そして三つの欲求が普遍かという主張 —— 特定の個人主義的な理想の記述ではなく、文化をまたいで成り立つのか —— は二十年間争われてきました。前の節で書いたとおり、自律を「支持できること」と定義したときには文化横断の証拠はおおむね支持的で、だから定義が重要なのです。
日本語圏で一つ足しておくべき注意もあります。関係性は、所属では満たされません。 同じ部署に属し、同じ飲み会に出て、同じ制服を着ていても、自分のやったことが誰かに届いているという感覚は別の変数です。所属が最初から与えられる組織では、関係性が飢えていることが所属の存在によって見えなくなります。 人に囲まれているのに手応えが無いという状態は、この理論では珍しくもなければ矛盾でもありません。関係の中で何が満たされて何が満たされないのかについては、感情的ニーズの項が広く扱っています。
自分の場合、どれが飢えているのか
この理論の値打ちは差分にあります。三つの欠乏は別々の感じ方をして、別々の方向に誤解させます。
自律性が飢えているときは、恨みと重さとして出ます。仕事自体は問題ない。やれと言われることのほうが問題です。見分けの印は、自分の思いつきだったら同じ作業を喜んでやるだろうと思えること、そして理由の説明がいちばん少ないものを、いちばん先延ばしにしていることです。てこは転職であることは稀で、いまの仕事の中で裁量を取り戻すこと —— それを方法にしたのがジョブ・クラフティングです —— と、「何を」しか渡されていない仕事について「なぜ」を訊くことです。
有能感が飢えているときは、怖さと回避として出ます。ファイルを開いて、閉じる。見分けの印は、その感覚が全般的ではなく作業ごとに出ること、そしてとうとう下手にやってしまうと即座に軽くなることです。てこは大きさです。もっと小さい単位、もっと早い一つのフィードバック、目に見えて終わったものを一つ。
関係性が飢えているときは、無意味さとして出ます。仕事はできるし、任されてもいるのに、どれも着地しない。見分けの印は、その仕事についての良い会話が一つあると一週間ぜんぶ変わることで、これは自律性をいくら足しても起きません。てこは接触です。産出を見ている人が一人、行列ではなく共同でやる相手が一人。
二つか三つが同時に飢えているとき、それは動機づけの問題であることをやめて、燃え尽き症候群の項が書いている状態になります。そして、この仕事ではどれも供給できないというのが答えなら、それは意志の失敗ではなく情報です。キャリア価値観診断のほうが、もう一度規律を試すより有用な次の一歩です。
出典
- · Deci, E. L., Ryan, R. M. (1985). Intrinsic Motivation and Self-Determination in Human Behavior. Plenum Press.
- · Ryan, R. M., Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist.
- · Deci, E. L., Ryan, R. M. (2000). The "what" and "why" of goal pursuits: human needs and the self-determination of behavior. Psychological Inquiry.
- · Van den Broeck, A., Ferris, D. L., Chang, C.-H., Rosen, C. C. (2016). A review of self-determination theory's basic psychological needs at work. Journal of Management.
- · Deci, E. L., Olafsen, A. H., Ryan, R. M. (2017). Self-determination theory in work organizations: the state of a science. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior.
- · 日本経済団体連合会 (2018). 2018年度 新卒採用に関するアンケート調査結果.