← ナレッジベース

カフェインと不安

午後のコーヒーが深夜にまだ働いている理由、カフェインの覚醒が内側から見ると不安とほとんど区別できない理由、そして同じ量が人によってまったく別のことをする理由。

ウェルビーイングの科学

カフェインはエネルギーを足しません。アデノシンが「どれだけ起きているか」を伝えるのに使っている受容体を、塞いでいるだけです。 だから疲れは下で溜まり続けていて、ただ報告されていない。切れたときの落ち込みが比喩でないのはそのためで、ブロックが外れると、溜まっていた分の連絡が一度に届きます。

この地味な薬理から二つのことが出てきて、この二つでたいていの疑問は説明がつきます。一つめは算数です。カフェインは多くの人が思っているよりずっと長く残るので、午後の一杯は就寝時刻にまだ体の中にいます。 二つめは知覚です。カフェインが体にすること —— 心拍が速くなる、思考が速くなる、胸が締まる、脅威に敏感になる —— は不安が体にすることに非常に近く、内側からはほとんど見分けがつきません。

つまり、かなりの数の人が、それを飲んで対処しようとしている症状そのものを作るものを飲んでいます。

半減期の算数

健康な成人のカフェインの半減期は、おおむね三〜六時間で、個人差が大きい。フレードホルムの総説がいまも標準的な出どころです。半減期とは半分が消えるまでの時間なので、尾は数字の印象より長く引きます。

半減期を五時間、午後三時のコーヒーとして計算します。午後八時、まだ半分が回っています。午前一時、四分の一。この四分の一は無ではありません。夜の前半の形を変えるには十分な量です。

知っておく価値のある実験はドレイクらの2013年のものです。濃いコーヒー相当の量を、就寝直前、三時間前、六時間前に与え、睡眠を客観的に測りました。三つとも睡眠を乱していて、六時間前も含まれます。 そして重要なのは、参加者は六時間前の分が何かをしたことに、確実には気づかなかったことです。

ガーディナーらの2023年のメタ分析が二十四の研究をまとめて数字を出しました。カフェインは総睡眠時間をおよそ四十五分減らし、睡眠効率をおよそ七パーセント下げ、寝つくまでの時間を延ばし、夜を浅い側へ寄せて深い睡眠から遠ざけます。著者らはデータから逆算して、測定できる睡眠時間の損失を避けるには、普通のコーヒーは就寝のおよそ九時間前までに終えるべきだとしています。

九時間は、最初に見ると驚く数字です。二十三時に寝るなら、最後の一杯は十四時。そこまでやる人はあまりいないでしょうし、そのふりもしません。 使える形はこうです。区切りは「夕食後は飲まない」という俗な規則よりずっと早い。そして二時間前倒しするだけでも、実在の効果量を持った実在の介入です。

そして名前をつけておく価値のある輪があります。睡眠が悪くなる → 疲れる → カフェインが増える → 睡眠が悪くなる。一日に四杯も五杯も飲んでいる人の多くは、その杯数を選んでいません。 埋め合わせを一回ずつ重ねた結果としてそこに着いています。その輪のもう半分は睡眠負債のほうです。

なぜ不安と取り違えられるのか

重なりは曖昧なものではありません。十分な量のカフェインは、頻脈、落ち着かなさ、消化器症状、震え、不眠、思考の加速を起こします。この一覧は、パニック反応の身体的な半分とほぼ同じです。

公式にも認められています。カフェイン誘発性不安症は、カフェイン中毒・カフェイン離脱と並んで DSM-5 に名前のある診断です。量が減ったら不安が消える人を臨床家が繰り返し見たから、この区分があります。

よくある取り違えは二方向あって、しかも互いに逆です。

  • カフェインの覚醒を、問題の証拠として読む。 心拍が速い、思考が速い、だから自分はどこかおかしい。そしてその人はもう自分の心臓を監視しているので、内受容感覚が書いている予測の仕組みが、見つけたものを増幅します。最初のパニック発作への、ごくありふれた入口です。
  • 不安を、疲れとして読む。 悪い一週間の、平たくて霞がかかって何も始められない感じが「カフェインが足りない」と読まれる。覚醒だけが鋭くなり、平たさには何も起きません。

離脱がさらに話を濁します。頭痛、いらだち、気分の落ち込み、集中の困難は、やめて一日か二日でいちばん強くなり、収まるまで一週間ほどかかります。減らそうとする人は、最初の数日が「減らさないほうがいい理由」の強い論拠のように感じられることを、あらかじめ見込んでおくべきです。 それから、この数日は自分だけの問題では終わりません。いらだちは、同居している人にとっては単にあなたの機嫌です。 減らすと決めたなら、先に言っておくほうが安い —— 状態が人のあいだを移ることそのものは共調整のほうに書きました。

正しい一回量が存在しない理由

一般的な助言を不可能にしている部分で、ここはよく確かめられています。

チャイルズらは、カフェインが作用するアデノシン受容体の遺伝子 ADORA2A の変異が、ある量がどれだけ不安を生むかを予測することを見ました。ロジャースらが追試して拡張しています。同じ量が、ある遺伝型では覚醒して快適、別の遺伝型では落ち着かず不安。 そして習慣的に多く飲んでいる人は、覚醒の効果にはおおむね耐性がついている一方で、不安を起こす効果には脆弱なままでした。分解の速さも、肝臓の酵素の個人差でかなり動きます。「自分は睡眠に影響しない」は、隣の人にとっては文字どおり真で、あなたにとっては偽でありうる。

だから、夕食後にエスプレッソを飲んで普通に眠る友人は、嘘をついていませんし、あなたより落ち着いているわけでもありません。別の代謝と別の受容体です。自分についての証拠は、自分の一週間から出てきます。他人の一週間からではありません。

日本語で読むときに前提が違うところ

ここまではどの言語で読んでも同じ話です。日本語で読むときには、上に乗っている前提が三つ違います。しかも三つとも、算数を難しくする方向に違います。

一つめ。日本には、カフェインの一日摂取許容量がありません。 内閣府食品安全委員会のファクトシートは、カフェインへの感受性の個人差が大きく、健康への影響を正確に評価することが難しいため、一日摂取許容量(ADI)は設定されていないと書いています。代わりに諸外国の値 —— 健康な成人でおよそ400mg、妊婦にはより厳しい値 —— を紹介するにとどめている。

これは怠慢ではありません。上の節で遺伝子の話として書いたことを、規制の側が正直に認めた形です。 ただし読者にとっての帰結は面倒です。「一日◯mgまで」という国内の公式な基準が無いので、自分の量が多いのか少ないのかを判断する足場が、日本語では一段弱い。 英語圏の読者が400mgという数字を自国の当局の言葉として受け取っているのに対し、日本語の読者はそれを「よその国の値として紹介されたもの」として受け取っています。

二つめ。分子が分かりません。 日本では清涼飲料水のカフェイン量の表示は義務ではなく、任意です。表示のない商品はごく普通に売られています。だから国民生活センターが、2021年に市販の78銘柄 —— 茶系飲料32、紅茶飲料9、コーヒー28、炭酸飲料9 —— を実測して公表しました。 消費者が量を知る手段が無かったから、第三者機関が測って公表するしかなかった、ということです。

前の節の「九時間前まで」という算数は、一杯が何mgかを知っている読者を前提に書かれています。 日本語の読者は、まずそこが埋まっていません。実務的な結論は控えめなものになります。銘柄を減らして、いつも同じものを飲むこと。 量が分からないなら、せめて量が変わらないようにする。飲むものが日替わりだと、悪い夜と良い夜を並べても何も読み取れません。

三つめ。カフェインはコーヒーだけから来ていません。 食品安全委員会のファクトシートが挙げている浸出液の値では、玉露が100mLあたりおよそ160mgで、これはコーヒーの浸出液のおよそ60mgより高い。紅茶がおよそ30mg、煎茶がおよそ20mg。湯呑みは小さく、マグカップは大きいので実際の一杯の量はまた別ですが、「濃さ」の順位が、多くの人が持っている印象と違います。

これが実務に効きます。夕方のコーヒーをやめたのに何も変わらなかった読者の一定数は、そのあとにお茶を飲んでいます。 食後の煎茶、夜のほうじ茶、仕事中の玉露。日本語圏で「カフェインを控える」を実行するには、コーヒーの話をやめて、カフェインの話をする必要があります。

そのうえで、中毒の話は正確に書きます。 上條らが全国38施設で行った後方視的な多施設調査では、2011年4月から2016年3月までにカフェイン含有製品の摂取後に救急搬送された患者が101例あり、そのうち心停止が7例、死亡が3例でした。二十代から三十代が中心です。

報道の多くはこれをエナジードリンクの話として流通させましたが、内訳は違います。9割以上が眠気覚ましの錠剤でした。 飲料でこの水準に達するのは、容量から言ってかなり難しい。正確に書くとこうなります。エナジードリンクの一本二本が救急搬送の話に直結するわけではありません。錠剤は話が別で、一錠あたりの量が飲料と桁が違い、しかも「効かないからもう一錠」が成立してしまう形をしています。

なぜここを丁寧に書くかというと、盛られた危険の話は、本当の主張のほうを一緒に安く見せてしまうからです。この調査が示しているのは「飲み物が危ない」ではありません。表示が無く、上限も示されておらず、錠剤という形で高用量が手に入る、という組み合わせが危ないということです。そして不安の話としては、搬送に至らないずっと手前の量で十分に成立します。 受験期の夜、夜勤明け、締め切り前の数日 —— 日本語圏でカフェインが増える場面は、たいてい眠れないこと自体が問題になっている場面と同じです。増やす理由と、増やしてはいけない理由が、同じ一つの状況から出ています。

これを知ったあと、何ができるか

二週間の試験をする。 量は変えずに、最後の一回を二時間前へ動かすだけ。二週間なのは、最初の三日が離脱でありデータではないからです。そのうえで、寝つくまでの時間と朝の感じを見る。どんな一般論より、これが多くを教えます。

不安に取り組んでいるなら、カフェインを先に動かす。 系の中でいちばん安い変数で、しかも読み取ろうとしている症状の上流にあります。量が動いているあいだは、他の対処が効いているかどうかを判断できません。 いまの状態に目盛りが要るなら、不安チェックはそこを読みます —— 診断ではありません。

正しい的に使う。 カフェインは短い一夜の覚醒の費用を相殺します。下に溜まっている負債には何もしません。 午後の眠気に対しては短い昼寝のほうが道具として適切で、しかもカフェインを短い昼寝の直前に取る組み合わせは小細工ではなく実験のある所見です。適量は昼寝のほうに書きました。

そして、それが何の代わりに立っているかを見る。 朝からカフェインで走り、夜は別の何かで降りている人は、飲み物を管理しているのではありません。日中が要求するものと、夜が回復させるものとの、ずれを管理しています。 見る価値があるのはそのずれのほうで、たいていは疲れているのに眠れないに行き着きます。

出典

  • · Fredholm, B. B., Bättig, K., Holmén, J., Nehlig, A., Zvartau, E. E. (1999). Actions of caffeine in the brain with special reference to factors that contribute to its widespread use. Pharmacological Reviews.
  • · Drake, C., Roehrs, T., Shambroom, J., Roth, T. (2013). Caffeine effects on sleep taken 0, 3, or 6 hours before going to bed. Journal of Clinical Sleep Medicine.
  • · Gardiner, C., Weakley, J., Burke, L. M., et al. (2023). The effect of caffeine on subsequent sleep: a systematic review and meta-analysis. Sleep Medicine Reviews.
  • · Childs, E., Hohoff, C., Deckert, J., Xu, K., Badner, J., de Wit, H. (2008). Association between ADORA2A and DRD2 polymorphisms and caffeine-induced anxiety. Neuropsychopharmacology.
  • · Rogers, P. J., Hohoff, C., Heatherley, S. V., et al. (2010). Association of the anxiogenic and alerting effects of caffeine with ADORA2A and ADRA2A polymorphisms and habitual level of caffeine consumption. Neuropsychopharmacology.
  • · American Psychiatric Association (2013). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition. American Psychiatric Publishing.
  • · 内閣府食品安全委員会 (2018). ファクトシート「食品中のカフェイン」(作成 平成23年3月31日/最終更新 平成30年2月23日).
  • · 独立行政法人国民生活センター (2021). 飲料のカフェイン含有量に関する調査 —— 知らずに多く摂取していることも!? 報道発表資料.
  • · 上條吉人ほか (2017). カフェイン含有製品の摂取後に救急搬送された患者の背景、臨床経過、予後などに関する後方視的多施設共同調査. 日本臨床救急医学会.

ナレッジベースの他の項目