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地位不安(同期と比べてしまう)

昇給が効かなくなる理由、相対所得の研究が実際に見つけたもの、そして日本語に「人並み」という語があることの意味。比較をやめる話ではなく、比較相手を選ぶ話です。

ウェルビーイングの科学

地位不安とは、自分が何を持っているかではなく、それが自分をどこに置くかによって生じる落ち着かなさのことです。 語を広めたのはアラン・ド・ボトンの2004年の本ですが、下敷きになっている観察はずっと古く、証拠は珍しく良質です。

お金についての文章の中の一段落ではなく独立した項に値するのは、ほとんど誰もが通過していて、ほとんど誰も説明できない一連の出来事を説明するからです。昇給が来る。一か月ほどは本当に良い。それから同僚の数字が耳に入るか、友人が何かを買い、昇給が効かなくなります。 徐々にではなく、特定の瞬間に、特定の原因で。

機構は比較で、性格の欠陥ではありません。 知覚の仕組みに近いものです —— 人間は差には非常に敏感で、絶対量には鈍い。

相対所得について、証拠が示していること

三つの所見を、届いた順に。

イースタリンのパラドックス(1974)。 ある国のある時点を切れば、豊かな人のほうが貧しい人より幸福を高く報告します。ところが国全体が数十年かけて大幅に豊かになっても、平均的な幸福感はそれに対応しては上がりませんでした。 最もよく持ちこたえている解釈は、所得が買っているものの多くが位置であり、位置は全員が同時に上がることができない、というものです。この議論は五十年にわたって争われていて細部はいまも決着していませんが、指し示した比較の機構のほうは、元の統計より長持ちしています。

隣人は負の財(2005)。 エルゾ・ラットマーは、アメリカの調査データを地域の所得と突き合わせ、自分の所得を一定に保ったまま、周囲の人の所得が高いほど、報告される良好さが低くなることを示しました。比喩ではありません。同じ給与が、豊かな地域では人をより不満にしました。

金額ではなく順位(2010)。 ボイス、ブラウン、ムーアが最も直接に検証していて、題がそのまま所見です —— 所得の「順位」が生活満足度に効き、所得そのものではない。 比較群の並びの中でどこにいるかが、絶対額よりも、平均との比よりも、満足をよく予測しました。これが正しければ、全員を等しく上げる昇給はほぼ何もせず、自分だけを上げる昇給は何かをします —— 給与の透明性をめぐって人が実際に取る行動は、おおむねこれをすでに信じていることを示唆しています。

日本のデータでも向きは同じです。筒井義郎、大竹文雄、池田新介が2005年に大規模な調査で幸福度の決定要因を調べたとき、時系列の所得の変化より、同時点での相対的な位置のほうが効くという、この文献と整合する結果が出ています。

これは、給与を秘密にする慣行が続く正直な理由でもあり、同僚の給与を知った日に前日まで問題の無かった仕事が壊れる理由でもあります。仕事については何も変わっていません。順位が変わりました。

金額の側は、どこまで分かっているのか

この話題には有名な数字が一つあって、それが著者自身によって訂正された、という続きがあります。順番だけ書きます。

2010年、カーネマンとディートンは、生活の評価は所得とともに上がり続けるが、日々の感情のほうは年収がある水準を超えると頭打ちになる、と報告しました。2021年、キリングスワースが別の測り方で調べ直すと、頭打ちは見つかりませんでした。2023年、三者が共同で再分析し、決着しました —— ほとんどの人では高い所得帯でも上がり続け、もっとも不幸な層では確かに頭打ちになる。 両方が、違う人について正しかった。

この経緯を一節かけて扱っているのはお金と安心のほうなので、ここでは繰り返しません。この項にとって重要なのは、金額の側の議論がどう決着しても、順位の側の機構は独立に残るということだけです。所得が上がり続けても、周りも一緒に上がれば順位は動きません。 二つは別の変数で、混ぜると「もっと稼げば解決する/解決しない」という、どちらも外れている二択になります。

一つだけ、方法についての教訓を持ち帰る価値があります。有名な閾値は、しばしば道具の性質です。 そして部分的に間違えた人たちが、公開の場で、設計によってそれを訂正しました。 それは分野が働いているということで、見出しのどちら側より価値があります。

同期という比較群は、制度が作っている

ここから英語版に対応する節がありません。比較に必要な条件が、日本では偶然ではなく設計として供給されているからです。

比較が食い込むには三つ要ります。似た人。見える尺度。反復した接触。 職場は大人の生活の中でこの三つを最もよく揃える環境だ、というのが英語版の指摘でした。日本語圏では、そこにもう一段乗ります。

新卒一括採用は、完全な比較群を一日で製造します。 同じ日に入社し、同じ肩書で、同じ研修を受け、同じ年次として管理される。統制された比較群としてこれ以上の設計は、研究者が作ろうとしても難しい。しかも年次は退職まで消えません。 十五年後に「同期の誰がもう部長だ」と言えるのは、十五年前の一日に作られた群が、まだ一つの群として維持されているからです。

もう一つ、年功的な処遇は、この不安を長く遅らせてから、まとめて届けます。 順位仮説をそのまま当てると、こうなります —— 全員が横並びで上がっているあいだ、順位はほとんど動かないので、地位不安の入力は小さい。 そして最初に差がついた瞬間に、それまで勾配が無かったぶん、差が丸ごと情報になります。 昇進の差が日本語圏で「一度つくと決定的だ」と語られやすいのは、この構造からも説明できます。

ここは正直に書いておきます。いま書いた最後の段落は、順位仮説から出る予測であって、日本で直接測られた所見ではありません。 ラットマーもボイスも日本の昇進制度を調べていません。ただ、同期という語が日常語として強く生きているという事実のほうは動かず、そして前の節のとおり、同じ語を持つ人たちは同じ順位の上に並べられています。

「人並み」という語

もう一つ、日本語には比較の仕組みが直接埋め込まれた語があります。「人並み」です。

人並みの生活。人並みに働く。人並みには稼いでいる。人並み以下。

この語がしていることを、前の節の語彙で言い直すと鋭くなります。「人並み」は、比較群の平均を名指し、それを目標として提示しています。 英語には、日常語としてこの働きをする短い語がほとんどありません。average は記述語で、目標としては使いません。

比較群の平均を目標にする、というのは、順位仮説から見ると特殊な目標です。 平均は動きます。全員が上がれば平均も上がるので、この目標は定義上、到達しても終わりません。 そして誰が比較群なのかは、この語のどこにも書かれていません。同期なのか、同年代なのか、SNSで見える人たちなのか。 指定されていないので、いちばん目につく群が黙って代入されます。

お金と安心の項で、「いくらあれば安心か」は条件を指定していないので答えを持てない問いだ、と書きました。「人並み」は、その無指定を一語に畳んだものです。

実用に落とすと一問だけです。「人並み」と言ったとき、頭の中にいたのは具体的に誰か。 名前が三人以上出てくるなら、次の節の作業ができます。名前が一人も出てこないなら、それは群ではなく雰囲気で、雰囲気には勝てません。

職場がいちばん悪い場所である理由

人が揃っています —— 同じ業界、似た訓練、比較可能な時間。だから物差しとして使えます。 見知らぬ人と自分を測る人はいません。

尺度が公開されていて、しかも順序尺度です。肩書き、等級、人数、誰の名前で発表されたか、誰がその場にいたか。 給与を隠している組織でも、等級は公開しています。

そして毎日見ます。未解決の比較に繰り返し晒された頭が夜十一時に何をするかは、考えすぎ(反芻思考)の項が扱っています。

二つ、声に出して言っておく価値があります。一つ、昇進はこれを終わらせません。 新しい比較群に移されるだけで、だから一段上がった後の安堵は予想より短く、非常に成功した人がこの感覚から自由に見えない理由もそこにあります。二つ、比較は破壊的なだけではありません。 嫉妬を生む同じ機構が、較正と野心も生みます。参照群を一つも持たない人は、自分が不当に安く使われているかどうかを知る手段を持ちません。 目指すのは比較の廃止ではなく、比較相手を選ぶことです。同じ機構が親密な関係の中で働いたときについては、嫉妬の項があります。

実際に効くこと

感謝の練習ではありません。証拠が指しているのは、もっと構造的な側です。

比較群を意図して選ぶ。 どうせ比較はします。本当の変数は、誰と比べるかだけです。アルゴリズムが選んだ群 —— その分野で最も成功した人だけが並び、失敗が濾し取られた画面 —— は、負けることが保証された群です。生活の中身を実際に知っている五人 —— うまくいっていない部分も知っている五人 —— は、同じ事実から違う算術を出します。 前の節の「人並み」を、この五人の名前に置き換えるのが、いちばん具体的な実装です。

情報と判決を分ける。 「あの人のほうが給与が高い」はデータで、行動を要求するかもしれません —— 交渉、市場の確認、移ること。「自分は遅れている」は自分の値打ちについての判決で、眠れなくしているのはこちらです。前者について何かをすることが、後者の反芻を止める最も確実な方法です。

ゴールポストを見張る。 三年前に自分で名指した数字は、たぶんもう達成され、儀式もなく置き換えられています。到達のたびに静かに動いている目標は、最初から目標ではありませんでした。 代理の目標が本来の目標を乗っ取る過程は、目標設定の項が書いています。

その地位が何の代わりをしているのかを確かめる。 たいていの人にとって、それはお金ではありません。順位が、安全であること・許されていること・まともに取り合ってもらえることの条件だ、という信念で、その信念はたいてい具体的な出どころを持っています。仕事そのものと融合しているなら、この項の次は仕事とアイデンティティです。時間のほうを動かしているならワーカホリックとワークエンゲージメントです。キャリア価値観診断は、地位が本当に自分の価値観の一つなのか —— それは構いません —— それとも名指せていない別の何かの代用なのかを、そこそこよく読みます。

出典

  • · Easterlin, R. A. (1974). Does economic growth improve the human lot? Some empirical evidence. In P. A. David & M. W. Reder (Eds.), Nations and Households in Economic Growth. Academic Press.
  • · Luttmer, E. F. P. (2005). Neighbors as negatives: relative earnings and well-being. Quarterly Journal of Economics.
  • · Boyce, C. J., Brown, G. D. A., Moore, S. C. (2010). Money and happiness: rank of income, not income, affects life satisfaction. Psychological Science.
  • · Kahneman, D., Deaton, A. (2010). High income improves evaluation of life but not emotional well-being. Proceedings of the National Academy of Sciences.
  • · Killingsworth, M. A., Kahneman, D., Mellers, B. (2023). Income and emotional well-being: a conflict resolved. Proceedings of the National Academy of Sciences.
  • · 筒井義郎・大竹文雄・池田新介 (2005). なぜあなたは不幸なのか. 大阪大学社会経済研究所 Discussion Paper No. 630.

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