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お金と安心(貯めたのに使えない)

いくらあれば安心なのか、という問いは金額の形をしていて、金額では終わりません。貯める技術と使う技術が別の技術であること、そして日本語圏がなぜ前者だけを持っているのかについて。

ウェルビーイングの科学

お金についての不安には、他の不安と違う性質が一つあります。答えが数字で出るように見えることです。

いくらあれば大丈夫なのか。その金額に届けば、この落ち着かなさは終わるはずだ —— そう考えて、実際に届いた人が、そこで何が起きるかを報告しています。終わりません。 目標の手前では「あと少し」だった感覚が、越えたとたんに「減らしたくない」に変わる。口座の残高は増えているのに、使うことがそれまでより怖くなる。

このページの立場は一つです。貯める技術と使う技術は、別の技術です。 そして日本語圏は、前者だけを非常に熱心に教えてきました。

先に断っておくと、ここに金額は出てきません。商品名も、配分も、何歳までにいくら、も出てきません。これは投資助言ではなく、お金について人が何を感じるかについての読み物です。 具体的な資産の判断は、あなたの事情を知っている人としてください。

収入と幸福について、実際に分かっていること

この分野には有名な数字が一つあって、それが有名なまま訂正されたという、あまり知られていない続きがあります。

カーネマンとディートンが2010年に報告したのは、生活の評価(自分の人生を点数にすると何点か)は収入とともに上がり続けるが、日々の感情のほうは年収がある水準を超えると頭打ちになる、というものでした。「お金で買える幸せには上限がある」という形で世界中に広まったのは、この後半です。

2021年、キリングスワースが別の方法 —— 一日に何度も通知を送って「いま気分はどうか」を集める方法 —— で調べ直したところ、頭打ちは見つかりませんでした。 上の方でも感情面の幸福は上がり続けていた。

そこで2023年、両者が共著で決着をつけました。答えは「どちらも部分的に正しい」です。ほとんどの人では、感情面の幸福は高い収入帯でも上がり続ける。ただしもっとも不幸な層(およそ下位2割)では確かに頭打ちになる。この層にとって不幸の原因は、お金で解決する種類のものではなかった —— 失恋、喪、慢性の痛み、孤独。

ここから実際に言えることは、慰めとしても警句としても使いにくい、地味な一文です。お金は、お金で作られている問題をよく解決します。そうでない問題には、ほとんど効きません。 そしてどちらの問題を抱えているかは、金額を見ても分かりません。

「老後2000万円問題」は、何の誤読だったのか

日本語でこの話をするとき、全員が知っている例が一つあります。

2019年、金融審議会の市場ワーキング・グループが報告書を出しました。その中に、高齢夫婦の無職世帯の家計調査の平均値から計算した数字があります —— 収入と支出の差がひと月あたりおよそ5万円、残りの人生を20年から30年と置けば、単純計算でおよそ1300万円から2000万円。報告書自体は正式に受理されないまま終わり、幅の上端の数字だけが残りました。

この数字の何が誤読されたのかは、はっきりしています。あれは平均の記述であって、個人の目標ではありません。 家計調査の平均世帯は、どこにも実在しません。持ち家かどうか、年金の種類、健康状態、家族構成、住んでいる地域 —— このどれか一つが違えば、数字は大きく動きます。それでも「2000万円」は、個人が達成すべき水準として受け取られました。

これは統計の話ではなく、不安の話です。不安は、答えの形をしたものを見つけると、そこに固定します。 金額は答えの形をしています。届けば終わる、という構造を持っているように見える。だから人は、自分の事情とほとんど関係のない平均値を、自分の目標として採用できてしまう。

同じことは個人の中でも起きます。「三千万円貯まったら安心する」という文は、検証されないまま何年も持ち歩けます。届くまでは、検証されないからです。 そして届いたときに何が起きるかは、目標金額に到達したのに使うのが怖くなるほうに書いてあります。

貯める語彙だけが豊かにある

人間関係の線引きの項で、日本語には他人の領域を守る語(察する、気を遣う、遠慮)が豊富で、自分の領域を主張する語が無い、と書きました。お金でも、まったく同じ形の非対称があります。

使わないことを称える語は、そろっています。 もったいない。身の丈に合った。分不相応。贅沢。堅実。地に足がついた。どれも日常語で、どれも褒め言葉か、少なくとも反論しにくい言い方です。

使うことを正当化する語は、ほとんどありません。 「自分への投資」という言い方が近年よく使われるのは、たぶん他に言い方が無いからです。使うことを、使うこととして肯定する語がないので、投資という語を借りてきている。借りてきた結果、リターンの説明を求められるようになりました。

行動の側にも、それらしい跡があります。日本銀行が公表している資金循環の日米欧比較では、日本の家計が持つ金融資産のうち現金・預金がおよそ半分を占めていて、米国の比率とは大きな開きがあります。この数字の解釈には所得、年金制度、住宅、デフレの経験といったいくつもの要因が絡むので、「国民性」で説明するのは乱暴です。ただ、貯めるという行動が突出しているという事実そのものは動きません。

元本割れ」という語が日常語として固定していることも、同じ方向を指しています。カーネマンとトヴェルスキーが1979年に定式化した損失回避 —— 同じ大きさなら、得る喜びより失う痛みのほうが大きい —— は普遍的な傾向ですが、その痛みにだけ専用の短い語がある言語では、それを避ける選択が少しだけ言いやすくなります。

ここで一つ、はっきりさせておきます。貯めることは悪くありません。 このページは「もっと使え」と言うためのものではない。言いたいのはもっと狭いことです —— 貯める側にだけ言葉が用意されているせいで、使う判断が毎回ゼロから正当化しなければならない作業になっている。 同じ判断を、片方だけが無料で、もう片方だけが有料でやっている状態です。

使う技術のほうは、何が分かっているのか

研究がある範囲は狭いですが、方向は一貫しています。

同じ金額でも、何に使うかで残り方が違います。 ダンとギルバートとウィルソンが2011年にまとめたのは、体験に使ったお金のほうが、物に使ったお金より満足が長持ちしやすい、という一群の結果です。理由として挙げられているのは、体験が比較されにくいこと(隣の人の休暇と自分の休暇は比べにくい)、話として再生されること、そして慣れが起きにくいこと。

先に払って、あとで受け取る形が効きます。 支払いと消費が離れているほど、消費の瞬間に痛みが混ざらない。予約と前払いは、同じ金額の体験を少しだけ良くします。

そして時間には期限があります。 ビル・パーキンスが『Die With Zero』で書いた「記憶の配当」は、この線をいちばん強く押した言い方です —— 体験は、そのときの楽しさだけでなく、そのあと何十年も思い出として配当を払い続ける。だから同じ体験でも、若いうちにしたほうが配当を受け取る期間が長い、と。この考え方が何を主張していて、どこまで真に受けていいものかは、「記憶の配当」とは何なのかと、それを老後資金の話とぶつけた記事の二本で扱っています。

この考え方には、正直に書いておくべき弱点があります。「記憶の配当」は測定された量ではありません。 比喩です。そして体験に使えという助言は、体験に使う余裕がある人に向かってしか言えません。どの助言がどの前提の上に立っているかは、お金の話でいちばん飛ばされるところです。

「いくらあれば安心か」を、答えの出る問いに置き換える

金額で不安が止まらないのは、意志が弱いからでも、金額が足りないからでもありません。問いの形が、答えを持てない形をしているからです。

「いくらあれば安心か」は、条件を指定していません。何から安心するのか、いつまで、誰の分まで。指定されていないので、どんな金額も反証できない。だから上がり続けます。

置き換えると答えが出ます。「何が起きたら困るのか」。

この問いは具体を要求します。失職が半年続いたら。親の介護が始まったら。持病が見つかったら。それぞれについて、いま何がどうなるのかを書き出す。書き出すと、多くの人にとって不安の大部分が二つか三つの特定の事態に集中していることが分かります。そして、そのうちのいくつかは金額ではなく手続きや制度の側に対処があります。

これは安心を保証する手順ではありません。不安を、扱える大きさに割るための手順です。漠然としたものは、大きいのではなく、輪郭が無いだけのことがよくあります。

もう一つ、ずれやすい前提があります。お金はたいてい、目的ではなく何かの代理です。 自由の代理、安全の代理、誰にも頼らなくていいことの代理、あるいは親に言われたことへの返答の代理。何の代理なのかが自分でも分かっていないと、金額を積んでも当たりません。キャリア価値観診断が読んでいるのはそこで、安定、自律、影響力、何を上に置いているかによって、同じ年収がまったく違う意味になります。夜中に回り続けている場合は、お金の問題ではなくループの問題かもしれません —— 考えすぎ(反芻思考)のほうを見てください。

最後に、この問いを最後まで押した人たちの話をしておきます。FIRE —— 早期リタイアに必要な資産を積んで、働くことをやめる —— を達成した人が、そのあと何に直面したかの報告は、驚くほど一貫しています。金の問題は解決していて、日々をどう使うかという問題だけが残る。 積んでいるあいだは、その問いが「お金が貯まったら考える」という形で先送りできていた。ゴールの先に何があったかは、そこから始まる話です。

つまり、目標金額は問いを解決するのではなく、延期していることがあります。延期していること自体は悪くありません。ただ、いつか期限が来ることは知っておいたほうがいい。

出典

  • · Kahneman, D., Deaton, A. (2010). High income improves evaluation of life but not emotional well-being. Proceedings of the National Academy of Sciences.
  • · Killingsworth, M. A. (2021). Experienced well-being rises with income, even above $75,000 per year. Proceedings of the National Academy of Sciences.
  • · Killingsworth, M. A., Kahneman, D., Mellers, B. (2023). Income and emotional well-being: A conflict resolved. Proceedings of the National Academy of Sciences.
  • · Kahneman, D., Tversky, A. (1979). Prospect theory: An analysis of decision under risk. Econometrica.
  • · Dunn, E. W., Gilbert, D. T., Wilson, T. D. (2011). If money doesn't make you happy, then you probably aren't spending it right. Journal of Consumer Psychology.
  • · Perkins, B. (2020). Die With Zero: Getting All You Can from Your Money and Your Life. Houghton Mifflin Harcourt.
  • · 金融審議会 市場ワーキング・グループ (2019). 高齢社会における資産形成・管理. 金融庁.
  • · 日本銀行調査統計局. 資金循環の日米欧比較.

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