健康不安(病気不安症)
検査で異常なしと言われたあとも残る、重い病気ではないかという恐れ。何でできているのか、受診を避けることが受診を繰り返すことと同じ恐れである理由、そして不安のなかでは例外的に治療の効くかたちだという話。
ウェルビーイングの科学
健康不安とは、重い病気ではないかという恐れが、それを否定する証拠のあとも残り続ける状態です。見分けるところは恐れの強さではありません。結果待ちの一週間が怖いのは、ほとんど誰にでもあります。違うのは、答えが届いたあとに何が起きるかです。健康不安では、答えが問いを閉じている時間が数か月ではなく数時間で、そのあと問いが、何も変わらないまま開き直します。
できているのは三つのごく普通の過程で、どれも全員が持っています。体の内側のどこに注意が落ちるか。そこから何を結論するか。そして、それを片づけるために何をするか。 三つのどれも、単体では故障ではありません。パターンがあるのはつながり方のほうで、しかも三つめが一つめに戻って餌をやります。
健康不安のある人も、実際に病気になります
これを二番目に、ほかのどの話よりも前に置きます。この先の全部が「症状は思い込みだ」と読めてしまうからで、その読みは間違いで、しかも危険な方向に間違っています。病気を恐れることが病気から守ってくれたことは一度もありません。そしてこの頁のどこにも、あなたが病気かどうかについての情報はありません。
2023年に出たスウェーデンの全国コホートは、心気症と診断された4,129人を、条件を合わせた41,290人と比べて追跡しました。この群の死亡率は低いのではなく高い。全死因のハザード比1.69、自然死因も上がっており、死亡時の平均年齢は五歳早い。自殺による死亡は明らかに多く、これだけで、これが滑稽な訴えだとか軽い訴えだとかいう扱いは終わりになります。
だから線はここに引かれます。新しく出た症状、続いている症状、変化している症状は、医師に一度ちゃんと見てもらうに値します。 一度、きちんと。この頁が扱っている区別は「調べるか調べないか」ではありません。一度調べて結果を受け取ることと、調べたあとも調べ続けることの区別です。
そして不安は、どちらの向きにも除外の根拠に使えません。不安を抱えている人に新しい症状が出たら、それは新しい症状です。「どうせストレスだろう」という推論は向きが逆で、体のほうで何が実際に起きているかはストレスは体にどう出るかにあります。本物の仕組みが本物の症状を作るからこそ、「ストレスです」はほかを確かめたあとにたどり着く結論で、確かめない口実ではありません。
「心気症」という訳語が背負っているもの
日本語ではここを先に片づけないと、読者が病名のところで止まります。
「心気症」は hypochondriasis の古い訳語です。 そして訳語としての問題が、意味より先に字面にあります。「気」の病と書いてあるので、病名そのものが「気のせい」を含意してしまう。 患者がこの語を自分に当てられて感じる否定は、気のせいではなく、字が実際にそう言っています。英語の hypochondriac も侮辱語ですが、そちらは由来が古い解剖の理論で、少なくとも患者の内面について何かを主張してはいません。日本語の訳語は主張しています。
分類のほうは二つに分かれていて、これを知っておくと調べたときに混乱しません。DSM-5 は2013年に hypochondriasis をやめ、扱っていたものを二つに分けました。苦しい症状が実際にある側が身体症状症、まだ現れていない病気への恐れが中心の側が病気不安症です。いっぽうICD-11 はこの病名を残し、強迫症および関連症群のなかに置きました。これは語彙の議論ではなく仕組みについての主張で、しかも筋の通った主張です。確認強迫との似かたは、実際にかなり強い。
つまり日本語の読者は調べると二つの違う公式名に当たり、しかもそのうち片方は字面で患者を否定しています。 さらに古い言い方として「ヒポコンデリー」も残っています。
この頁が以降で使うのは健康不安と、必要なときだけ病気不安症です。前者は正確で、使えて、しかも非難になっていません。
三つの環節を分けて見る
三つは実際にばらけます。一つが高くて別のが低い人がいるので、「健康を心配する」というくくりでは粗すぎて何も言えません。
気づくこと。 監視されている体は、うるさい体になります。誰の体でも、ちくり、どきり、飛んだ一拍、妙な感じが絶え間なく出ていて、違うのはそのうちどれだけが意識に上がるかだけです。注意を向け続けると上がる敷居が下がるので、見張る行為が自分のための材料を増やします。 この感覚そのものは内受容感覚にあり、そこでの所見がそのまま効きます。重要なのは体を正確に読めるかどうかより、正確さと自信のあいだの差のほうです。
読み取ること。 感覚が読まれ、しかも証拠として読まれます。いまも臨床モデルの背骨になっているサルコフスキスとウォリックの説明は、この誤った読みを中心に置きます。ごく普通の体の出来事が重い病気のしるしとして受け取られ、それが覚醒を上げ、覚醒が体の出来事をさらに作る。いちばん悪い説明がいちばん先に来て、しかもいちばん責任ある態度のように感じられます。
片づけること。 調べる、確認する、同じ皮膚を見る、誰かに訊く、予約を取る、あるいは取らない。ループを生かしているのはここで、それ自体は安心を求めることが扱っています。
鎖は直線ではなく円で回ります。一周するごとに警戒の平常値がわずかに上がり、気づく敷居が下がり、次の感覚が前より早く来ます。短くなっていく間隔を、人はたいてい病気の進行として読みます。 強化されたループが強化されたループらしく振る舞っているだけです。
九回目の受診と、一度もしない受診
ここが多くの説明で落ちるところで、しかもここを書くかどうかで、この頁に自分を見つける人が変わります。
DSM-5 は病気不安症に、医療を求める型と医療を避ける型を区別しています。実際はそんなに整ってはいません。2024年の総説が扱っている標本では、求める型が四分の一、避ける型が七分の一で、残りの大多数は二つのあいだを行き来していました。
避けることは、遅い時間割で同じ安堵を買います。 予約を取らないことは、問いを開かないことで問いを閉じます。不安は下がります。ループはまったく同じ仕組みで、まったく同じだけ強化されます。違うのはどちらの扉を使うかだけです。
そして日本語では、避ける側がとくに見えにくい。回避の語彙が、そのまま徳の語彙だからです。 我慢する。大げさにしたくない。人に迷惑をかけたくない。気にしすぎだと思われたくない。どれも褒められる言い方で、どれも言った本人にも周りにも、恐れを隠します。英語版は回避が「無関心に見える」と書けば足りますが、日本語では回避が、名前のついた立派な態度に見えます。
だから何が見つかるかが怖くて十一年間医師にかかっていない人は、一か月で四人目の医師にかかっている人と同じ深さにいて、しかも危険は大きい。 一度ちゃんと見てもらうことが、まだ起きていないからです。
実務上知っておく価値があるのはここです。意志の力でこれを克服したように見えて、極だけが入れ替わっている場合がある。 そのときループは何も変わっていません。問いを閉じるものの向きだけが変わっています。
日本の診察室で渡される言葉
三つあります。どれも英語版には対応するものがありません。
「ドクターショッピング」。 日本語に定着している外来語で、入口としてもよく打たれます。押さえておくべきことが二つあって、一つめは、これは語彙の話ではなく設計の話だということです。次の一回が安く、門番がいない場所でしか、この言葉は現象を指しません。制度の側の数字と、それがこのループをどんな形にするかは「異常なし」の安心が持たない理由にまとめてあります。
二つめのほうが、この頁の担当です。これは患者が自分につけた語ではなく、外から貼られる語です。 そして名指しているのは行動だけで、恐れには触れていません。言われた側に残るのは「迷惑な受診の仕方をする人」という像で、なぜそれをしているかの説明は一文字も入っていない。 名前を持つことは普通は助けになりますが、この名前は助けません。
「様子を見ましょう」。 日本の診察室でいちばん多く渡される文のひとつで、しかも医学的にはたいてい正しい。多くのものは時間が経てば答えが出るし、急がないほうが侵襲も費用も少ない。
それでも、このループの中にいる人に渡されたときに何が起きるかは書いておく価値があります。この文は、開いたままのファイルを手渡します。 期限が明示されていなければ、「見る」のは患者の仕事になり、見ることは監視で、監視は材料を増やします。追うものが情報ではなく確実性であることは不確実性への不耐性にありますが、ここで起きているのはもっと単純です。宿題が、期限なしで出ている。
変えられるのは文ではなく、そこに日付を足すところです。何週間後に、何を見るのか。それを決めてあれば「様子を見る」は医師の計画になり、決めていなければ患者の夜になります。
「気のせいでしょう」。 これは正しくありません。たとえ症状の原因が不安であっても、感覚は本物で、「気のせい」はそのことを否定します。そしてこの言葉が効いてしまう理由はもう書きました。病名の訳語が、先に同じことを言っているからです。
不安のなかでは例外的に、治療がよく効きます
励ましではありません。この頁でいちばん重みのある事実で、しかもいちばん言われていない事実です。健康不安は、この領域のどの訴えよりも「性格だから我慢するもの」として扱われています。
無作為化比較試験十四件のシステマティックレビューは、健康不安に合わせて組んだ認知行動療法に大きな効果を見いだしています。待機群、通常治療、薬物療法、ほかの心理療法との比較で、効果は六か月後と十二か月後にも保たれていました。この領域で最大の試験では、総合病院の各科から集められた444人が短い回数の治療か通常の医療に割り付けられ、八年後にも差が測れました。 短い回数というのは、年単位ではなく一桁の回数です。
この領域にこれだけきれいな成績はほとんどありません。ただし、この頁に書いてあることが治療ではありません。 その治療を具体的にどう進めるかは、ここで渡すものではありません。
隣の頁を二つ、分けて知っておく価値があります。安心を求めることは行動のほうで、題材が何であっても同じ仕組みで動きます。同じ機構が関係に向いたときの形は恋愛強迫(関係性OCD)にあります。そして不確実性への不耐性が、実際に追われているものです。検査は確率を返し、どの検査もゼロは返しません。 だからどんな検査も仕事を終わらせられない。
範囲の話。体に気づくことも、それに驚くことも全員にあります。 親族が診断を受けたあとの怖い二週間は障害ではありません。ここで書いているのは、何か月も走っていて、時間か金か睡眠か人間関係を削り始めたパターンのほうです。ここに書いてあることは診断ではなく、質問紙が診断を作れない理由の算数は不安のスクリーニングにあります。健康不安診断は三つの環節を別々に読みます。ばらけるからで、ばらけた先がそれぞれ違う方向を指すからです。
標本の出所も書いておきます。死亡コホートはスウェーデン、有病率と治療試験は英国とオーストラリアです。仕組みの説明はよく記述されていますが、数字そのものを日本に移すときは、その分を割り引くのが正確です。
相談することは大げさではありません。 何から話せばいいか決まっていない段階でもかまいません。死にたい気持ちがあるときは、#いのちSOS(0120-061-338) のような窓口があります。
ループがゆるみ始めた最初のしるしは、体についての自信ではありません。感覚に気づいて、とくに何でもないものとして読み、夕方には忘れているという一回です。
出典
- · Salkovskis, P. M., Warwick, H. M. C. (1986). Morbid preoccupation, health anxiety and reassurance: a cognitive-behavioural approach to hypochondriasis. Behaviour Research and Therapy.
- · American Psychiatric Association (2013). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, fifth edition.
- · Tyrer, P., Cooper, S., Crawford, M., et al. (2011). Prevalence of health anxiety problems in medical clinics. Journal of Psychosomatic Research.
- · Mataix-Cols, D., Isomura, K., Sidorchuk, A., et al. (2023). All-cause and cause-specific mortality among individuals with hypochondriasis. JAMA Psychiatry.
- · Kikas, K., Werner-Seidler, A., Upton, E., Newby, J. (2024). Illness anxiety disorder: a review of the current research and future directions. Current Psychiatry Reports.
- · Lucock, M. P., Morley, S., White, C., Peake, M. D. (1997). Responses of consecutive patients to reassurance after gastroscopy. BMJ.
- · Cooper, K., Gregory, J. D., Walker, I., Lambe, S., Salkovskis, P. M. (2017). Cognitive behaviour therapy for health anxiety: a systematic review and meta-analysis. Behavioural and Cognitive Psychotherapy.
- · Tyrer, P., Wang, D., Crawford, M., et al. (2021). Sustained benefit of cognitive behaviour therapy for health anxiety in medical patients over 8 years. Psychological Medicine.