全般性不安(心配の対象が入れ替わる)
対象が決まっていない心配。目の前の問題を片づけても心配が終わらないのはなぜか、三つの成分、そして「心配性」と病名のあいだにある、日本語では名前のない帯の話。
ウェルビーイングの科学
全般性不安とは、対象が決まっていない心配のことです。ひとつの難しい事柄について人より多く心配する、という話ではありません。心配の中身が入れ替わる —— いま心配している題目は、持ち主ではなく借り手だということです。
これが特徴そのものなのですが、内側からは見えにくい。どの瞬間を取っても心配は具体的な何かについてのもので、しかもその何かはたいてい実在します。今週はお金のこと。来週は親の体調。その次はメールの一文。どれも理由として通ります。見分けるのは、そのうちの一つが片づいたときに何が起きるかです。心配は止まらず、引っ越します。
問題を解決しても、心配が終わらない理由
心配に対するまともな対応は、その件に手をつけることです。だから手をつけます。安堵は本物で、一晩ほどもちます。そして別の題目が椅子に座っています。これを何周かすると、人は二つのどちらかに結論します。自分の人生には問題が異常に多いのだ、か、自分の意志が弱いのだ、か。どちらでもありません。最初から中身の問題ではなかったのです。
維持されているのは過程で、その過程には機能があります。ボルコヴェックらの「心配の回避理論」は、心配がおおむね言語的 —— 映像ではなく文の連なり —— であることを指摘し、それが偶然ではないと論じました。怖いものを言葉で考えるのは、映像で思い浮かべるよりはるかに生理的な喚起が小さいからです。心配は、怖い対象のそばに留まりながら、それに完全には触れないでいるやり方です。 だから何時間でも走れて、決着しません。
ニューマンとイレラの対比回避モデルは、別の角度から同じ場所に着きます。低い水準の不快を鳴らし続けていれば、不意を突かれません。平静から悪い知らせへ落ちるその落差が痛いところで、心配は落差を平らにします。不意を突かれない代償は、平静でいる時間がないことです。
その上にもう一層あります。ウェルズが見つけたのは、全般性不安の人が同時に二つの信念を持つことです。心配は自分を守っている、という信念と、心配は有害で止められない、という信念。後者が心配についての心配を作り、ここで習慣が状態に変わります。止められない活動そのものが、心配の一覧に載るからです。
その下にある特性 —— 問いを開いたままにしておけないこと —— は不確実性への不耐性に独立した頁があり、この頁の上流にあたります。
成分は三つあって、一つではない
有名なのは心配のほうですが、それは三分の一です。三つは別々に動き、別々に反応し、たいていの人はどれか一つに強く思い当たります。
中身。 何がまずくなりうるかを探して、見つけます。何かは必ず該当するからです。もっともらしい連結で鎖を作る —— 請求が遅れたら、口座が、次は仕事が。鎖が荒唐無稽でないから、没頭できるのです。これは前を向いていて、そこが考えすぎ(反芻思考)と分かれるところです。あちらは起きてしまったことを後ろ向きにさらう版です。
身体。 肩と顎、落ち着かない胃、夕方には痛む頭、寝つけないか四時に切れる睡眠、休んでも取れない疲れ。内科に持っていかれるのはこの成分で、しかも心配のほうは話に出ないまま終わることが多い。 筋緊張は比喩ではありません。持続的な身構えは系を張ったままにし、張ったままは高くつきます。
行動に出るもの。 過剰な準備、二度の確認、先に注意しておくこと、形の分からないものを断ること。それに、誰も不安の欄に入れない二つ —— 苛立ち、限界近くで走っている系には小さな邪魔を吸収する余裕がないから。そして何でもこなしている人に見えること、外からはこの多くが勤勉として読まれるから。同じことを繰り返し聞くのもここに属し、安心を求めること(保証希求)に独立した頁があります。
三つを分けておくと実務が変わります。睡眠と運動で身体の成分だけが先に軽くなることがよくあり、中身は手つかずのままです。全部を一つのつまみとして扱うと、部分的な改善が「変わらなかった」として読まれます。
「心配性」と「不安障害」のあいだが、日本語では空白になっている
ここが英語版と入れ替わっている節で、置き換える理由は語彙の形そのものにあります。
まず診断の線のほうを書いておきます。名前のついた版(全般不安症、古い表記では全般性不安障害)は、題目ではなく期間・制御不能・支障で定義されます。ほとんどの日に心配があり、半年ほど続き、複数の領域にまたがり、本人が止められないと報告し、身体症状があり、生活のどこかが実際に悪くなっている。このうち「止められない」がいちばん多くを振り分けます。そしてルスキオらの多国データでは、この状態は調べられたすべての国で見つかり、該当者の多くが相当の支障を報告し、どれだけ見つけられているかは国によって大きく違いました。 つまり聞かれないまま過ごすのが普通のほうで、運が悪かったわけではありません。 なお、この線を質問紙で決めることはできません。点数が運べるものと運べないものは不安のスクリーニング(チェックリストで分かること)にあります。
さて日本語の問題です。この帯の真ん中に当てる語がありません。
上側にあるのは「心配性」「気にしすぎ」「神経質」「生真面目」。どれも性格を指す語です。性格を指す語は、変わらないものとして扱われます。「昔からそうだから」で話が終わり、そこから先に行く道が語彙の上に無い。
下側にあるのは「不安障害」。こちらは病名として重く、自分に当てるには先に診断をもらわなければいけないように感じられます。だから自分では使えません。
英語の anxious は、気質から状態まで同じ一語で連続して使えます。日本語ではその連続が二つに割れていて、ほとんどの人が実際に落ちている真ん中が無名です。英語版が書いている「連続体の上の位置」という言い方は、だから日本語ではそのままでは着地しません。無名の帯にいる人は、性格だと思って我慢するか、病名を名乗る資格がないと思って黙るかの二択になります。どちらも受診を遠ざけます。
そしてもう一つ、日本語に固有のものがあります。自律神経失調症です。身体の成分だけを持って内科に行った人が受け取るいちばんよくある説明がこれで、英語圏には対応する日常語がありません。この語が悪いわけではなく、実際に自律神経系の話をしているのですが、説明がそこで完結してしまうという副作用があります。自律神経の問題として納得して帰ると、心配のほうは話題にならないままです。前の節で「この成分だけが医者に持ち込まれる」と書いたのは、日本語ではここまで続きます。
受診先について一つだけ。心療内科と精神科の区別で止まっている人が多い。 名称は看板の慣習の話で、どちらも扱います。「心配が毎日あって止められず、眠れていません」という一文があれば、どちらの入口でも足ります。
この頁が扱わないもの。人の顔色をうかがう(過度の警戒)は注意の設定で、心配の中身がゼロでも走ります。パニック発作は数分で頂点に来て、未来ではなく身体の話です。侵入思考はほとんど逆向きに扱います。
何が効くか、そしてここから先は専門家の話
- 題目が入れ替わるのを自分で見る。 一週間、心配の対象を書き出すだけ。たいていの人は十一個見つけて、その事実はどんな議論よりよく効きます。何にでも起きている心配は、何についての心配でもなく、予測価値がゼロです。
- 一つずつの題目を課題として扱うのをやめる。 目の前のを解決するのは保守で、前進ではありません。
- どこにも置かないのではなく、どこかに置く。 午後に二十分、同じ時間、紙に書く。到着順に答えるより、抑え込むよりうまくいきます。未決の項目は待てる、と系に教えることになるからです。
- 映像を回り込まずに、映像に行く。 心配が映像の言語的回避なら、効く手は不快なほうです。怖い場面を数分だけ具体的にする。曝露を使う治療が働いている機構がこれで、自分一人でやるより手伝ってもらうほうがいい類のものです。
- 身体は別の仕事として扱う。 睡眠・運動・カフェイン減は中身に触りませんが、張りを下げます。
- 手放すときに怠慢に感じることを見込んでおく。 心配は守ってくれている、という信念が、出ていく前に最後の一言を言います。それは証拠ではありません。
不安チェックは心配そのものを、不安タイプ診断はどのパターンがいちばん大きいかを、考えすぎ傾向診断は対象のないループを読みます。
範囲の話。心配しがちであることは連続体の上の位置で、状態の名前ではありません。 中程度なら宣伝どおりの利点があります。高い人は準備をし、危険に気づき、不意を突かれることが少ない。ここに書いてあるどれも診断ではなく、この頁は治療の案内でもありません。どの治療が合うか、薬がそこに入るかは、全体を見られる人との相談です。
ただし、ほとんど毎日走っていて、自分では切れず、睡眠・仕事・人への余裕を削り始めた心配は、よく研究されている形で、自己管理より成績のいい治療があります。相談するのに、先に自分で整理しておく必要はありません。「心配が止まらなくて、自分では切れません」は、それだけで持っていける一文です。
出典
- · Borkovec, T. D., Alcaine, O., Behar, E. (2004). Avoidance theory of worry and generalized anxiety disorder. In Generalized Anxiety Disorder: Advances in Research and Practice. Guilford Press.
- · Dugas, M. J., Gagnon, F., Ladouceur, R., Freeston, M. H. (1998). Generalized anxiety disorder: A preliminary test of a conceptual model. Behaviour Research and Therapy.
- · Wells, A. (2005). The metacognitive model of GAD: Assessment of meta-worry and relationship with DSM-IV generalized anxiety disorder. Cognitive Therapy and Research.
- · Newman, M. G., Llera, S. J. (2011). A novel theory of experiential avoidance in generalized anxiety disorder: a review and synthesis of research supporting a contrast avoidance model of worry. Clinical Psychology Review.
- · Ruscio, A. M., Hallion, L. S., Lim, C. C. W., et al. (2017). Cross-sectional comparison of the epidemiology of DSM-5 generalized anxiety disorder across the globe. JAMA Psychiatry.