心理的本質主義
性格のタイプが、その人の中にある隠れた固定的な本質の名前だ、という信念のこと。測定可能な信念で、特定の帰結を予測し、そして無害な結果を天井に変えているのはこれです。
性格の科学
同じ検査から同じ結果を受け取った二人がいます。一人はそれを、最近の自分の振る舞い方についての記述として読みます。もう一人はそれを、自分が何であるかの発見として読みます。
二人目が心理的本質主義です。カテゴリが、隠れた固定的な内部の本質を指していて、目に見える特徴はその表面的な現れにすぎない、という信念。 人が生物の種について直感的に考えるときの考え方で —— 虎が虎であるのは中に何かがあるからだ —— 性格のカテゴリにも簡単に移ります。そちらでは、はるかに根拠が薄いのですが。
この区別が、検査についてのどんな話よりも重要です。性格タイプに帰せられている害のほとんどは、調べてみると、測定ではなくこの信念のほうに属しています。結果が問題なのではありません。結果を本質として扱うことが問題です。
そして曖昧な哲学的態度ではありません。ハスラムらはこれを測る尺度を作り、安定した構造があることを確かめ、何かを予測することを示しました。 測れるということで、間違っていることがありうるということです。
日本語圏には、この信念だけを取り出せる材料がある
英語版のこのページは、本質主義を抽象的な信念として説明し、性格検査を例として使います。日本語圏には、もっと強い材料があります。測定がゼロであることが確かめられている、本質主義の純粋な標本です。
血液型性格判断です。条件を並べると、その純度が分かります。自分では選べない。出生時に確定していて生涯変わらない。生物学的で、しかも医学的に確定している。四つの排他的なカテゴリで、境目がない。 心理的本質主義の五つの要素 —— 離散性、不変性、情報量、生物学的な裏づけ、説明としての深さ —— を、設計上すべて満たしています。
そして関連が無いことは、日本語で確かめられています。縄田健悟が2014年に 心理学研究 に出した研究は、日本と米国の大規模な無作為抽出の社会調査データ、合計一万人以上を二次分析したものです。性格に関わる68項目のうち65項目で血液型による有意差はなく、効果量(η²)は0.003を下回りました。 血液型が説明している性格の分散は0.3パーセント未満、ということです。
ここから、英語版には作れない論証が一つ出ます。 血液型性格判断には、当てるための仕組みが一切ありません。質問紙も、項目も、統計もない。にもかかわらず、本質主義の帰結は全部出ています。
自分のカテゴリで自分の行動を説明する。他人のカテゴリでその人の行動を予測する。例外に出会ったときに、カテゴリではなくその人のほうを例外として扱う。 相性を判断する。そして日本語には「ブラハラ」(血液型ハラスメント)という語まであります。 語ができるのは、それが繰り返し起きているからです。
つまり、検査が当たっているかどうかは、この害の原因ではありません。 当たっていなくても全部出る。だから逆も言えます。よく作られた検査を使っていても、読み方が本質主義なら、同じ害が同じ形で出ます。 性格検査を批判するときに「当たっていないから危ない」と言うのは、問題の場所を取り違えています。 血液型は、それを証明するために用意されたような例です。
もう一つ、日本語圏に固有のカテゴリを挙げておきます。文系・理系。 十六歳前後の科目選択として制度的に割り当てられ、その後の進学と就職の経路を決め、そして生涯にわたる自己記述として使われ続けます。 「自分は文系だから数字が苦手」「理系だから人の気持ちが分からない」—— これは進路の履歴についての記述ですが、本質についての主張として語られます。 選択の時点で十六歳だったこと、選択が学力だけでなく学校の都合や家庭の事情でも決まったこと、そして選択のあとに触れた内容が違うのだから差が開くのは当然であること —— どれも、本質の話にすると見えなくなります。
英語圏の読者にこれに対応するものはありません。制度が割り当てたカテゴリを、本人が本質として引き受け続けるという形が、日本語圏では二つも走っているということです。
この信念が何でできているか
性格のカテゴリについての本質主義的な考え方は、原理的には別々に持てるいくつかの主張を束ねています。一つを持っている人は、たいてい残りも持っています。
離散性。 このタイプであるか、ないか。途中はない。境目の問題(カットオフ)の項目は、ほとんどの場合これが偽である理由についてのものです —— 分布に谷がありません。
不変性。 本質は変わらない。ロバーツらの平均水準の変化についてのメタ分析は逆を見ています。特性は生涯を通じて系統的に動き、勤勉性と協調性は上がり、神経症傾向は中年期までしっかり下がります。 速くはなく、無制限でもなく、しかし確実に。
情報量。 カテゴリを知れば個人について多くが分かる。実際にはタイプ内のばらつきがタイプ間の差を圧倒します。 同じコードの二人が普通にまったく似ていない理由です。
生物学的な裏づけ。 本質は遺伝子か脳の中にある。性格にかなりの遺伝率があるのは本当で、そしてよく誤用されます。遺伝率は分散についての集団の統計であって、ある個人の特性が固定されているという主張ではありません。 環境が少なくとも同じだけ働いていて、性格特性の遺伝率の推定値は、おおむね半分の分散を遺伝以外のすべてに残しています。
説明としての深さ。 カテゴリが行動を説明する。日常でいちばん損害を出すのがこれで、しかも循環しています。タイプは行動から推定されたので、その行動を説明することはできません。
何を予測するのか、そしてどこまで確かなのか
本質主義的信念についての研究は性格検査についてのものではなく、そのぶん役に立ちます。信念があるところなら、どこでも効果が出るからです。
ステレオタイプが強まる。 バスティアンとハスラムは、本質主義的信念の高い人ほどステレオタイプを強く支持し、個人に対してより簡単に適用することを見ています。カテゴリに本質があるなら、成員には本質があり、例外は謎であって普通の観察ではなくなります。
失敗のあとの努力が減る。 成長マインドセットとの接点で、あちらは能力についての本質主義です。固定した本質についての証拠として読まれた躓きは、やめることを正当化します。 ここで測られている効果はもともと控えめで、大規模な追試でさらに縮んでいます。 数字はあちらのページに書きました。
行動的確証。 スナイダーとスワンの古典的な実演です。ある人が相手を敵対的だと予期すると、敵対を引き出すような振る舞いをし、両者とも予期が確証されたまま別れる。 これを夫婦や恋人が共有しているタイプのラベルに当てはめると、両方向に走ります —— 相手をタイプとして扱い、相手が応じ、双方がその証拠を引用する。 二人のあいだで何が噛み合っているのかという話は相性のほうですが、ラベルが先にあると、噛み合わせの観察そのものが止まります。 なお、これは1978年の実験で、その後に大規模な追試が積み上がった種類の知見ではありません。 示された仕組みは説得力がありますが、効果の大きさについて強いことは言えません。
ラベルが目立つ状況での成績。 ここは正直に書きます。スティールとアロンソンのステレオタイプ脅威の研究は、追試で縮んだ古典の一つです。 フローレとウィヘルツが2015年に行ったメタ分析は、出版バイアスの証拠を見つけ、補正後の効果はほぼゼロでした。フローレらが2018年に事前登録して行った研究 —— 結果を見る前に手続きを公開する方式 —— では、オランダの高校生で性別ステレオタイプ脅威の効果は見つかりませんでした。
だから、このページは英語版より一段弱く書きます。「ラベルを意識させられると成績が落ちる」は、繰り返し再現された事実として引用できません。 引用できるのは、効果が主張より小さく、条件に強く依存し、そして最初の報告が示したほど頑健ではなかったということです。自己紹介でタイプを言ってから作業に入るのをやめるべき理由は、この研究からは出てきません。 出てくるのは次の項目のほうです。
選択肢が狭まる。 最も研究が薄く、最もありふれています。コードを理由に、人が何かをやらないと決める。 応募しない、発言しない、行かない。その推論が悪いことを見るのに、研究は要りません。
なぜそちらへ引かれるのか
本質主義は愚かさではありません。既定値であって、しかも居心地がよい理由があります。
辻褄の合わなさが解消します。 職場と家と昔からの友人の前で、自分は違う振る舞いをする。これは本当に混乱します。タイプは、そのばらつきが表面であって、本当の自分は下にあると言ってくれる。 救いになります。
免責になります。 「自分はそういうタイプだから」で、それがどう届いたかについての会話が終わります。 本質は、選択を自然についての事実に変換し、自然についての事実は義務を伴いません。
つながりを作ります。 タイプのコミュニティは本物のコミュニティです。「自分は本当にHSPなのか」という問いがあれほど繰り返される理由でもあります —— HSP(繊細さん)の項目が線引きに長く紙幅を割いているのは、カテゴリが固くないと、所属が意味を持たなくなるからです。共有された本質が集団を作り、その集団はしばしば良いものです。代償は、カテゴリが連続体だという証拠に抵抗する動機が、常設で置かれることです。
ちょうどいい時に来ます。 人がこの種の検査を受けるのは転機です —— 転職、別れ、何かが終わったとき。「自分は何なのか」という問いが起きている時期に、答えが届く。 記述がアイデンティティを欲しがっている人に出会い、あとはバーナム効果が仕上げます。
本質主義でない読み方
同じ結果を、違う持ち方で。気に入っている枠組みを捨てる必要は、ここには一つもありません。
行動と期間として言う。 「自分は内向型です」ではなく「この二、三年、人と過ごしたあとに回復の時間が、周りの人より多く必要でした」。長くて、確かめられて、そして最初の文が持っていない意味で真です。問いが本当にそこなら、人疲れが仕組みのほうを扱っています。
数字を残す。 パーセンテージは程度を保存し、名前は程度を捨てます。自分について考えたいときにタイプのコードよりビッグファイブの結果を読むべき実務的な理由がこれです。 53パーセントの読者と92パーセントの読者が同じ名詞を受け取り、本質主義が掴むのはその名詞です。
「だから」という語に注意する。 タイプが原因の位置に現れた瞬間 —— INFJだから、タイプ2だから —— 記述が、何も足されないまま説明に昇格しています。 気づいて、本当の理由は何だったのかを訊く。たいてい一つあり、たいていもっと具体的です。
動くことを見込んでおく。 MBTI風タイプ診断やエニアグラム診断を三年後に受け直して結果が動いていたら、正しい反応はどちらが本当だったのかを探すことではなく、興味を持つことです。動いた分のいくらかは測定誤差で、いくらかはあなたです。
そして他人もそこから出す。 この信念のいちばん高くつく版は、自分について持っているほうではありません。恋人や、同僚や、子どもについて持っているほうです。 割り当てたカテゴリの中でその人が暮らすことになり、そして人はそういうものなので、その人は証拠を提供し続けます。 血液型で相手を読んでいる人が、その相手から一生ぶんの証拠を集められるのと、同じ仕組みです。
出典
- · Haslam, N., Bastian, B., Bissett, M. (2004). Essentialist beliefs about personality and their implications. Personality and Social Psychology Bulletin, 30(12), 1661–1673.
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- · 縄田健悟 (2014). 血液型と性格の無関連性——日本と米国の大規模社会調査を用いた実証的論拠——. 心理学研究, 85(2), 148–156.