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HSP(繊細さん)

感覚処理感受性は25年分の研究を持つ測定可能な特性です。HSPはその連続体の上に誰かが引いた線で、線はその後動きました。尺度が読んでいるものと、読み分けられないもの。

性格の科学

感覚処理感受性が特性の名前です。HSPは、その上に誰かが引いた区切りであり、本の題名であり、いまでは自己ラベルです。

この区別がこの項目の全部です。特性のほうには証拠があり、区切りのほうは約束事だからです。エレイン・アーロンとアーサー・アーロンは1997年に、構成概念と尺度を主流のパーソナリティ専門誌に発表しました。追試され、子どもへ拡張され、同じ入力に対する脳の反応の強さの違いとも接続されています。ここは本物の研究で、周縁の話ではありません。

そのあとに起きたことは平凡で、そして結果が重い。27項目の連続尺度に閾値が付き、閾値に名前が付き、名前に共同体が付きました。線を越えて HSP になるのではありません。 ダイヤルの上に得点があり、ほとんどの人はその真ん中あたりにいて、自分の結果の最も擁護しやすい読み方は所属ではなく位置です。

日本語圏でこの語がどう広まったか、そして「HSPだから生きづらい」で説明を終わらせないほうがよい理由は、内向型と外向型のほうにすでに書きました。ここは引き継いで先へ進みます。

特性が記述しているもの

この意味での感受性は、脆さではないし、情緒の不安定さでもありません。処理の深さです。同じ入力が、より多く捏ねられる。

現れ方は束になります。小さな変化に気づく —— 声の抑揚が変わった、部屋の物の位置が違う、誰も言わない匂いがする。一度に多すぎると本当に参ってしまう —— 強い照明、仕切りのないオフィス、隙間のない一日。物音に驚きやすい。強い一日のあと、その一日が要求した以上の回復時間が要る。音楽や芸術に目に見えて動かされる。見られながらだといつもより悪く、一人で任されるといつもより良い。

最後の二つが、これを単なる不安と分ける目印です。美的感受性と知覚の鋭さは、苦痛ではありません。不安なだけの人は、鮮やかに反応する側をそもそも報告しません。

アーロンの元の枠づけは、これを欠陥ではなく生存戦略と呼びます —— どの種でも、立ち止まって処理する個体と、動く個体がいる。環境が違えば両方とも機能するので、どちらも淘汰されていない。この枠づけはそれなりによく持ちこたえていて、「これは良いことか悪いことか」が常に役に立たない問いである理由もそこにあります。

20パーセントは発見ではなく、引かれた線です

HSP について最もよく繰り返される事実は、人口の15〜20パーセントだというものです。この数がどこから来たかは知っておく価値があります。

HSPスケールは連続的な得点を出します。1997年の論文が報告しているのは、分布に自然な切れ目が無いということでした —— 感受性は血液型ではなく身長のようにふるまう。20パーセントはその連続体に当てた区切りで、尺度の項目が上端でいちばんよく弁別したことと、本には数字が要ることの両方から選ばれています。編集上の判断としては筋が通っています。離散的な集団の発見ではありませんでした。

その後の仕事は、これを覆すのではなく鋭くしました。リオネッティらは複数の標本に潜在クラス分析をかけ、データは二群より三群によく適合すると報告しています —— たんぽぽ、チューリップ、蘭。成人906人の標本では低29パーセント、中40パーセント、高31パーセント。おなじみの数字がどうなったかに注目してください。「高感受性」の割合は五人に一人から三人に一人近くへ動き、議論のほとんどが起きている真ん中に第三のカテゴリが現れました。

だから「自分は本当に HSP なのか」と聞かれたとき、正確な答えは、その問いの後ろにある閾値が動いているということです。グレーヴェンらの批判的総説は、原著者の何人かを共著に含めた上で、まさにこの理由から感受性を次元として扱うことを勧めています。

日本語版の尺度が、同じ三つを再現しています

ここが日本語で読む人にとっていちばん実務的な節です。総合点の高さが何によって作られているかは、日本語の尺度でも分かりません。そしてそれは、日本語で確かめられています。

スモレウスカらは HSPスケールを因子分析して、これが一つのものではないことを見つけました。三つの成分に割れます。易興奮性(圧倒される、動転する、過剰に刺激される)、低感覚閾(強い光、騒音、ざらついた生地への不快反応)、美的感受性(芸術に動かされる、機微に気づく、内面が豊か)。

三つはふるまいが違います。易興奮性と低感覚閾は神経症傾向および行動抑制と実質的に相関します。美的感受性は経験への開放性と相関し、神経症傾向とはほとんど相関しません。

日本語版はどうか。高橋亜希(2016)が作成した HSPS-J19 は19項目で、因子分析の結果は低感覚閾・易興奮性・美的感受性の三因子でした。内的一貫性は許容範囲で、神経症傾向および内向性との関連も確認されています。つまり、日本語話者に日本語で聞いても、同じ三つに割れます。

ここから出てくる結論は素っ気ないものです。一つの総合点は、不安寄りの成分でほぼ全部が作られていることも、知覚寄りの成分で作られていることも、両方で作られていることもあり、総合点は三つを一つの数字で報告します。 同じ HSP得点の二人に、ほとんど共通点が無いということが起こります。

そして、日本語圏でよく見かける「HSPチェック」の多くは、この尺度でも、項目数でもありません。19項目でも27項目でもない十数問の自作の設問に、「あなたはHSPです」という二値の出力が付いている。 上の二つの節を合わせると、その出力が何重に弱いかが分かります —— 検証されていない項目で、存在しない切れ目に、動いている閾値を当てている。

私たちのHSP診断は15項目で、アーロンの27項目に対して短い。短いぶん一回が軽く、解像度が落ちます。この項目数では結果を点ではなくとして読むべきですし、三成分を確実に分離することもできません。成分の問いのほうが自分の関心なら、ビッグファイブの開放性と神経症傾向の得点のほうが、どんなHSP総合点よりも正直に答えます。

「繊細さん」という愛称が隠しているもの

日本語には英語の HSP に無いものが一つあります。愛称です。

武田友紀『「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる 「繊細さん」の本』(飛鳥新社, 2018)は50万部を超え、「繊細さん」という呼び方はこの本から一般語になりました。読みやすく、優しく、自分を責めずに済む語です。それは本当に良いことで、多くの読者にとってこの語は救済として働きました。

ただし、愛称は測定の一部を隠します。

「繊細」という語が自然に指しているのは、気づきすぎること、人の機嫌を察してしまうこと、感動しやすいこと —— つまり美的感受性と易興奮性の側です。三つめの低感覚閾、すなわち蛍光灯がつらい、タグが痛い、空調の音が耐えられないという、身体の側の成分は、「繊細さん」という語感からはほとんど落ちます。

落ちると何が起きるか。調整できる条件が見えなくなります。 上の三つのうち、いちばん手早く変えられるのは低感覚閾のほうです —— 照明、席、耳栓、服。それが語の外に置かれているので、日本語の「繊細さん」の実践は人間関係の側に寄り、環境の側が手つかずで残りやすい。

もう一つ、市場の話。「HSP専門カウンセラー」という職名に、資格の裏づけはありません。 HSP は医学的な診断名ではないので、専門家を名乗るための試験も登録も存在しない。これは、その仕事をしている人がみな不誠実だという意味ではありません。買う側が資格で見分けられないという意味です。 何を買っているのか分からないまま、自分についての説明を買うことになります。

この語が良い語であることと、この語で説明を終わらせないほうがよいことは、両立します。

高い得点をどう扱うか

バッジではなくダイヤルとして読むと、三つのことが出てきます。

設計のための情報として扱う。 高い得点は、どんな条件が自分に高くつくかについての記述です —— 途切れない騒音、見られながらの作業、間隔の無い一日、消耗した午後の終わりに下す判断。どれも調整できますし、調整するほうが、自分が何者かを決めるより有用な計画です。いちばんよくある実務上の誤りは、天井を上げようとすることです。予定のほうを天井に合わせて組むほうが速い。

行動の前に成分を分ける。 得点が主に易興奮性で高いなら、問題は安定した特性より慢性的な過剰刺激や情緒的消耗に近いかもしれず、動く可能性があります。美的感受性で高いなら、それは負担の記述ですらありません。

説明として定着させない。 「私はHSPだから」は、会話がうまくいかなかった理由や、仕事が続かなかった理由について、出来合いの物語と一緒に到着します。その物語が正しいこともあります。同時にそれは、理由の位置に立っているラベルでもあり —— 心理的本質主義が書いている失敗の形です —— 代償は、問いが一歩手前で止まることです。感受性は音量を説明します。何が言われたかは説明しません。

そして、このページで自分が本当に見つけたのが深さではなく怖れのほうだったなら —— 部屋に入る前から身構え、終わってから反芻し、次を避けている —— それは別の文献を持つ別のパターンです。考えすぎ(反芻思考)のほうが良い出発点になります。人といる量の問題なら人疲れ(ソーシャルバッテリー)、特性としての内向性との線引きは内向型と外向型にあります。

出典

  • · Aron, E. N., Aron, A. (1997). Sensory-processing sensitivity and its relation to introversion and emotionality. Journal of Personality and Social Psychology, 73(2), 345–368.
  • · Aron, E. N. (1996). The Highly Sensitive Person: How to Thrive When the World Overwhelms You. Broadway Books.
  • · Smolewska, K. A., McCabe, S. B., Woody, E. Z. (2006). A psychometric evaluation of the Highly Sensitive Person Scale: The components of sensory-processing sensitivity and their relation to the BIS/BAS and 'Big Five'. Personality and Individual Differences, 40(6), 1269–1279.
  • · Lionetti, F., Aron, A., Aron, E. N., Burns, G. L., Jagiellowicz, J., Pluess, M. (2018). Dandelions, tulips and orchids: Evidence for the existence of low-sensitive, medium-sensitive and high-sensitive individuals. Translational Psychiatry, 8, 24.
  • · Greven, C. U., et al. (2019). Sensory Processing Sensitivity in the context of Environmental Sensitivity: A critical review and development of research agenda. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 98, 287–305.
  • · 高橋亜希 (2016). Highly Sensitive Person Scale日本版(HSPS-J19)の作成. 感情心理学研究, 23(2), 68–77.
  • · 武田友紀 (2018). 「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる 「繊細さん」の本. 飛鳥新社.
  • · 飯村周平 (2023). HSPブームの功罪を問う. 岩波書店.

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