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内部感覚曝露(わざと症状を起こす練習)

パニック症の治療のなかで、怖い身体感覚をわざと起こしてみる部分。慣れるためではなく、その感覚が「予告」として働くのをやめさせるため。なぜ一人でやるものではないのか。

ウェルビーイングの科学

内部感覚曝露は、パニック症の治療のなかで、いちばん間違いのように聞こえる部分です。怖がっている身体感覚を、わざと自分で起こしてみる。椅子で回って視界を揺らす。細いストローで息をする。階段を駆け上がる。意図的に速く浅い呼吸をする。息を止める、全身に力を入れる、しゃがんだ姿勢から勢いよく立つ。

よくある説明は「その感覚に慣れるため」ですが、これは近くて少しずれています。標的は感覚そのものではなく、感覚が担っている「予告」という役目です。 いま、動悸は「これから何かひどいことが始まる」という知らせとして届いています。練習はその動悸を、十分な回数、十分に違う条件で起こして、何も予告しない状態に戻すために行われます。変わるのは、めまいが心地よくなることではありません。めまいが知らせでなくなることです。

身体感覚を避けることが、なぜ恐れを保つのか

発作が何度か起きたあと、二つめの回避が静かに始まります。地図の上に現れる回避より、ずっと見えにくいものです。

運動をやめる。あるいは胸の動きが意識されない範囲までしかやらない。コーヒーをやめる。それからサウナ、熱い風呂、辛いもの、ダンス、性行為、閉まりかけのドアへの駆け込み、急に立ち上がること。一つずつ見ればどれにも理屈があり、誰も合計しません。

この配置が保証するのは、予測が一度も証拠と出会わないことです。「心拍が140になるのは何かがひどく悪いしるしだ」という考えは、心拍が140まで上がらないように組まれた生活のなかでは否定されようがありません。そして安静時の体だけが基準になると、そこから外れることすべてが「安全から外れること」として読まれます。正常の幅が狭くなっていくのに、恐れの大きさは変わらない。

安心が間違った学習を教える仕組みは安全行動にあり、ここでは繰り返しません —— 今は不安が下がり、終わらせるはずだった学習が起きず、功績は用心のほうに渡ります。感覚が届く通路そのものは内受容感覚で、ここでは前提として一度だけ使います。警報下では音量の大きい、しかし狂った計器だということ。発作そのもの、曲線と13の症状はパニック発作です。

この頁が足すのは非対称です。体を避けることは、場所を避けることよりよく隠れます。 電車に乗らなくなった人は、電車に乗らなくなった人に見えます。走らなくなった人には、いつでも説明が用意されています。日本語ではその説明がさらに通りやすい ——「無理をしない」「安静にする」が助言の既定形なので、体を避けることが、正しい自己管理の形に見えてしまう。

なぜ思いつきではなく標準的な成分なのか

出発点は一つの観察でした。パニックでは、恐れの対象が体の内側にあるということ。クラークが1986年に示した認知モデルは、身体感覚の読み違いを中心に置きました。感覚が「破局が始まった証拠」として受け取られ、それが覚醒を上げ、覚醒がさらに感覚を作る。もしそれが輪なら、曝露すべき相手は場所ではありません。自分の胸です。

バーロウらは1989年にその理屈で最初の構造化された治療を作り、症状誘発を中核に置きました。結果は、リラクセーション単独と待機群の両方を上回りました。その系統の治療パッケージが、コクランのネットワークメタ分析と各国のガイドラインがパニック症に対して先に置いているものです。ただしこの成分はつねにパッケージの内側を旅してきたのであって、単独の治療として検証されてはいません。 分離した試験はほとんどありません。ベッチャーらの総説も同じところに着地します:広く使われ、モデルにはよく根拠づけられ、単独では研究が足りない。

それでもこの成分が「おまけ」ではなさそうだと言える所見が三つあります。

単独で試されたことがある。 Lee らは古川らを含む日本の研究グループで、パニック症の患者に内部感覚曝露を軸にした短い介入を行い、誘発された感覚への恐れが下がり、臨床的にも改善することを示しました。効果は狙った感覚に特異的でした。

成分は分けて検証できるし、全部が生き残るわけではない。 シュミットらは標準パッケージを分解し、呼吸法の再訓練を足しても残りの部分を上回らず、むしろ悪い方向の示唆があることを報告しました。これは日本語圏で二重に効く所見です。部分が信仰ではなく試験の対象だと分かること。そして不安と動悸に対していちばん広く勧められている助言(腹式呼吸、深呼吸)が、効き目の在処ではないこと。

やり方で効き方が変わる。 ディーコンらは、抑制学習の考え方に沿った進め方 —— 変化をつけ、予測しにくくし、その回のうちに不安を下げることを目標にしない —— を従来型と比べ、追跡時点で前者が優れていました。クレイスクらの説明はこうです。古い連合は消えるのではなく競争に負けるのであって、勝つ側は学んだ部屋の外でも通る程度に一般的でなければならない。

なぜ他人の設計が必要なのか

理由は一つではなく、三つあります。

安心のためにやると、それは安全行動になります。 「何も起きないことを確かめる」ために回るのは確認であり、確認は繰り返しを必要とします。ある練習が曝露なのか安心なのかを決めるのは、その人が何を知ろうとしているかだけで、これは外から見えず、内側からもほとんど見えません。答えは手続きの側にあり、それが治療の大半です —— 予測を先に、声に出して、外れうる形で言っておくこと。

効き目を運んでいるのは設計で、設計は自明ではありません。 どの感覚を起こすか(作りやすいものではなく、実際に恐れている感覚に合わせる)。いつもの用心がまだ動いていないか(動いていれば、それは保険をつけたまま練習していることになる)。どこでやめるか。不安がゼロになった時点ではありません。ゼロで止めると「ゼロが目的だった」と学習してしまいます。

全員にとって安全なわけではありません。 速い呼吸やストロー呼吸は比喩ではなく生理的な介入です。心疾患、呼吸器の病気と喘息、妊娠、てんかん、内耳の疾患、血圧が安定していない状態、失神の既往 —— どれも何ができるかを変え、いくつかは一部を禁じます。このふるい分けは読者の仕事ではなく臨床家の仕事です。そして最も必要なのは、身体の原因をまだ一度も診てもらっていない人です。パニック発作が書いている順番でいえば、それはこれ全部より前に来ます。

だからこの頁は練習の名前を挙げ、手順は書きません。名前のほうが役に立ちます。セラピストが提案しているものが何なのかを見分けられるようになり、「わざとめまいを起こしてください」と言われることが、軽く扱われたしるしではなく筋の通った依頼だと分かるからです。先に知っておく価値があるのは一つだけ:最初の回は不快で、不安が下がる前にいったん上がるのが普通の経過だということ。

日本でこれは受けられるのか —— 訳語と、入口

ここから先は、英語圏の読者には必要のない話です。

訳語が決まっていません。 「内部感覚曝露」「身体感覚曝露」「内受容感覚曝露」が並立していて、資料によって違います。結果として、担当者から提案されたものを名前で照合できないという不便が生じます。英語には interoceptive exposure という一語しかないので、この問題は起こりません。だから日本語で覚えておく価値があるのは訳語ではなく、説明のかたちのほうです ——「怖い症状をわざと起こしてみる部分がある治療」。この一文で照合できます。

「自律神経の乱れ」という説明は、逆を向いています。 日本語圏では身体症状がこの一語で説明されて止まりやすく、そこから出てくる助言は「整える」「安静にする」「休む」です。曝露はちょうど反対を向いているので、同じ動悸について正反対の助言が並ぶことになります。どちらが嘘というわけではありません。一方は今の不快を下げようとしていて、他方は動悸の意味を変えようとしている。 目的が違うものを強さで比べると、必ず前者が勝ちます。

「我慢して耐える」ことと曝露は別物です。 ここは日本語で一段必要なところです。満員電車に根性で乗り続けるのは、安全行動を全部つけたまま耐えているだけなので学習が起きず、しかも外からは回避しているように見えないので問題として可視化されません(その形は広場恐怖症にあります)。曝露は耐えることではなく、予測を外に出して確かめることです。耐える時間を増やしても、確かめていなければ何年でも同じところにいられます。

入口。 精神科・心療内科、認知行動療法を明示している機関、公認心理師や臨床心理士。ただし認知療法・認知行動療法は診療報酬上の算定に施設基準と対象の指定があり、提供できる機関は限られています。 実務上は薬物療法が先に来ることが多く、「一次選択の成分」と書かれているものに実際にたどりつけるかどうかには大きな地域差があります。これは書いておくべき事実です。たどりつくのに時間がかかることは、その方法に価値がないことの証拠ではありません。予約の電話で「パニック症に対する認知行動療法を行っているか」を先に確かめたほうが早い、というのはそういう意味です。

同じ成分は、恐れの対象が身体の信号であるところで広く使われます。健康不安や、息が苦しくなる側の広場恐怖でも。とはいえ治療の一部分は治療ではなく、ここに書いてあることは計画ではありません。胸の痛み、息苦しさ、失神、前回と違う感じがしたもの —— それは毎回、先に医療の問いです。きちんと行えば必要な期間は年単位ではなく週単位で、それがこの領域で数少ない明るい事実です。

パニック発作のチェックは、高まりそのもの、次の一回への恐れ、すでに手放したものを別々に読みます。体を避けていれば三つめに出ます。不安チェックはより広い心配を、健康不安テストは病気のほうを向いた形を読みます。三つともスクリーニングであって診断ではありません。

出典

  • · Barlow, D. H., Craske, M. G., Cerny, J. A., Klosko, J. S. (1989). Behavioral treatment of panic disorder. Behavior Therapy, 20(2).
  • · Clark, D. M. (1986). A cognitive approach to panic. Behaviour Research and Therapy, 24(4).
  • · Schmidt, N. B., Woolaway-Bickel, K., Trakowski, J., Santiago, H., Storey, J., Koselka, M., Cook, J. (2000). Dismantling cognitive-behavioral treatment for panic disorder: questioning the utility of breathing retraining. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 68(3).
  • · Lee, K., Noda, Y., Nakano, Y., Ogawa, S., Kinoshita, Y., Funayama, T., Furukawa, T. A. (2006). Interoceptive hypersensitivity and interoceptive exposure in patients with panic disorder: specificity and effectiveness. BMC Psychiatry, 6.
  • · Craske, M. G., Treanor, M., Conway, C. C., Zbozinek, T., Vervliet, B. (2014). Maximizing exposure therapy: an inhibitory learning approach. Behaviour Research and Therapy, 58.
  • · Deacon, B., Kemp, J. J., Dixon, L. J., Sy, J. T., Farrell, N. R., Zhang, A. R. (2013). Maximizing the efficacy of interoceptive exposure by optimizing inhibitory learning: a randomized controlled trial. Behaviour Research and Therapy, 51(9).
  • · Boettcher, H., Brake, C. A., Barlow, D. H. (2016). Origins and outlook of interoceptive exposure. Journal of Behavior Therapy and Experimental Psychiatry, 53.
  • · Pompoli, A., Furukawa, T. A., Imai, H., Tajika, A., Efthimiou, O., Salanti, G. (2016). Psychological therapies for panic disorder with or without agoraphobia in adults: a network meta-analysis. Cochrane Database of Systematic Reviews, 4.
  • · National Institute for Health and Care Excellence (2020). Generalised anxiety disorder and panic disorder in adults: management. Clinical guideline CG113.

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