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安全行動(なんとか乗り切るための小さな工夫)

出口に近い席、飲まずに持っている薬、用意しておいた最初の一言。その場の不安は確かに下がるのに、年単位では不安が据え置かれる理由と、回避よりも見つけにくい理由。

ウェルビーイングの科学

安全行動とは、怖い場面の中で、もともと起きなかった破局を止めるためにする何かです。すぐ出られる場所に座る。薬を飲まずに持っている。最初の二文を用意しておく。鞄に水を入れておく。誰かに付いてきてもらう。

効きます。そこは争点ではなく、そこが難しさの全部です。その場の不安は下がり、年単位では据え置かれます。 二つを作っているのは同じ機構だからです。その行動を置いた状態で場面を生き延びたので、功績はその行動のものになり、学ばれるべきだったこと —— どうせ生き延びられた場面だったということ —— は一度も記録されません。

「何も起きなかった」が、間違ったことを教える

この論理はサルコフスキスが1991年に示したもので、以後持ちこたえています。

不安の予測は、どれも同じ形で終わります。怖れていたことは起きません。 それは大量の証拠が届いているということで、原則としては恐れを削るはずです。削りません。証拠に別の行き先があるからです。安全行動が置かれていたなら、起きなかったことはその行動に帰属されます。 倒れなかった —— 座ったから。おかしいと思われなかった —— 台詞を用意していたから。飛行機は着いた —— 手すりを握っていたから。

ここから妙なことが起きます。その行動を走らせたまま怖い場面に入る回数が多いほど、信念は強くなります。 一回ごとに「対策は効いたようだ」という機会が一つ増えるからです。手すりを握った二百回の飛行は、手すりについての証拠が二百件、航空機についての証拠がゼロ件です。

しかも説明は現実と当たっても壊れません。その日たまたま不安が低かったなら、功績はその行動のもの。高かったのに何も起きなかったなら、やはりその行動のもの。証拠が「起きなかったこと」である信念は、起きなかったことに別の作者がいるあいだ、反証できません。

そして、人が本当にもどかしそうに報告することの説明になります。怖いことを何度もやっているのに、ちっとも怖くなくなっていない。 勇気や回数の不足ではありません。保険を掛けたまま出席していたことの、予定どおりの結果です。

日本語ではこれが「備え」であり「気配り」なので、いちばん見えにくい

ここが英語版と入れ替わっている節です。英語版の論点 —— 回避は自分から名乗るのに、安全行動は参加の内側に隠れる —— は前提として置いたうえで、日本語ではその隠れ方が何枚か厚くなります。

まず英語版と共通の一枚。飛行機をやめた人、発表をやめた人、外出をやめた人は、周りにも自分にも見えます。安全行動の場合、外から見ればその人は行っています。 対面すべきものがなく、認めるべきものもないので、出席の記録の裏で十年続けられます。「ちゃんと行ってはいるんです」は本当で、そして指標ではありません。

日本語ではここに三枚足されます。

一枚め。「お守り代わり」という既成の言い方がある。 頓服薬を飲まずに持っている状態を、日本語の本人も周りも「お守り代わりに持っている」と言います。これは英語の just in case よりはるかに正確な記述で、しかも護符として機能していることを当人がすでに言葉にしているわけです。前の節の機構に、日本語には一語で着く入口がある。ただし、だから薬を置いていけという話にはなりません。 飲むか持つか減らすかは処方した人の領分で、この頁の領分ではありません。ここで言えるのは、「お守り」という自分の言い方は、自分についての正確な観察だということだけです。

二枚め。根回しは職務上の美徳です。 会議で不確実なことが起きないよう事前に全員に当たっておく、想定問答を作る、先に温度を確かめておく —— どれも評価される能力で、やめろと言える対象ではありません。だから区切りを「有能かどうか」に置くと必ず失敗します。置くべきなのは「無しでもその日が成立するか」です。 一周で終わる準備は準備。終わらせられない準備は別のものです。

三枚め、そしてこれがいちばん隠します。「迷惑をかけない」が表の理由になる。 出口に近い席に座るのは、「途中で出ることになっても人に迷惑をかけないため」と説明できます。その説明は本当です。だからこそ完全に隠れます。早めに帰るのは気遣い、水を持つのは用意がいい、台詞を用意するのは相手の時間を無駄にしないため。配慮の語彙が、全部の上にきれいに被せられます。 英語版は「外から見えない」と書きますが、日本語では自分から見ても見えない。

領域ごとの実例を並べておきます。

  • パニック。 出口に近い席、トイレの位置の確認、水なしでは出かけない、頓服を開けずに持つ、急行ではなく各駅停車を選ぶ。発作そのものはパニック発作、行ける範囲が狭まっていく版は広場恐怖症に。
  • 社交。 最初の一言を用意する、手が空かないように何か持つ、誰かと一緒に入る、質問する側に回る、端に座る。社交不安(あがり症・対人恐怖)に。
  • 健康。 体を触って確かめる、脈を取る、その病気のことだけ調べる、あるいは一切調べない、受診に付き添ってもらう。健康不安(病気不安症)に。
  • 聞くこと。 大丈夫かどうか、怒っていないかどうか、これは何かに見えるかどうか。これは独立した頁を持つだけの大きさがあり、安心を求めること(保証希求)に、効き目の半減期と聞かれる側に落ちる費用があります。安全行動のうち、他人を消耗させるのはこれだけです。

そして、どの領域にも入らない静かな一つ。数日前から頭の中で予習しておくことは、準備に見えて同じ働きをします。こちらは予期不安に。

最後に通勤。各駅停車を選ぶ、車両の端を選ぶ、一本早く出る。日本語の読者にとって最大の供給源がここで、しかも毎朝来ます。どれが段取りでどれが安全行動かは、やはり無しでもその日が成立するかで分かれます。

やめてもらうと、何が起きるか

これは直接検証されていて、この種の主張としては珍しいことです。

社交不安。 ウェルズらは1995年に、怖い社交場面に二回入ってもらいました。一回はいつものまま、もう一回は安全行動をやめて、代わりに証拠を探すよう指示して。一セッションです。怖れていた結果への信念は、行動を使わなかった条件のほうが大きく下がり、不安も一緒に下がりました。支えを外せばもっとひどくなる、という予想の逆です。

パニック。 サルコフスキスらは1999年に、パニック症と広場恐怖で同型の実験を行い、安全希求行動をやめた曝露と、続けたままの曝露を比べました。やめた群は、破局的信念と不安の両方でより大きな低下を示しました。恐怖が違っても、同じ所見です。

病態をまたいで。 ヘルビヒ=ラングとペーターマンは不安症全般の証拠を整理し、安全行動は問題を維持するものとして理解するのが最もよいと結論しました。ただし一様ではなく、実務上の問い —— なくすのか、残して耐えるのか —— は維持の所見だけでは決まらない、とも書いています。

ここが正直な留保で、置いておく価値があります。ミロシェヴィッチとラドムスキーは、曝露の最中に安全行動を使える状態にしておいても恐怖の低下を妨げなかったと報告しました。ブレイキーとアブラモウィッツはこの問いを整理して、重要なのは有無ではなく、その行動が検証したい信念に何をするか —— その人がまだ知らなかったことを知り得るか —— だと結論しています。初日に部屋に入れてくれた支えは、唯一手に入る曝露を買っているかもしれません。四十日目の同じ支えは、説明のほうを買っています。その判断は規則ではなく、臨床側の判断です。

手放し方と、消してはいけない線

  • 自分のものを洗い出す。 何を持って行くか、どこに座るか、何を確かめるか、そしてそれ無しではやらないと思うものは何か。 最後の問いがいちばん効きます。
  • 一度に一つ、場面の中で外す。 耐えることが目的ではありません。保険なしで行って、何が起きたかを見るのが、功績を支えから場面のほうへ移す唯一の手です。半端は行動のうちです —— 持って行って使わなかったのは、持って行ったこと。安心は持っていることのほうに入っています。
  • 先に予測を言葉にする。「水が無いとむせて止まらなくなる」。そして確かめる。言っていない予測は負けられません。
  • 不安が先に上がってから下がることを見込む。 外した初回は確かにきつい。それが情報の値段で、行動一つにつき一度で、毎回ではありません。
  • 目的は乗り切ることではなく、説明を書き換えること。 終わったあとに要るのは「やれた」ではなく、「大丈夫だった。しかも支えだと思っていたものをやらなかった」という一文です。

パニック発作セルフチェック、社交不安チェック、健康不安診断は、それぞれこの行動が貼りついているパターンのほうを読みます。

ここで消してはいけない線を書きます。 安全行動は、無い危険に対する備えです。吸入器、エピペン、インスリン、シートベルト、ヘルメット、そして行き先を誰かに伝えておくこと —— これらは有る危険に対する備えで、ここまでに書いたことは一切当てはまりません。処方された薬は規則ではなく個別判断です。 治療として飲んでいるのか、護符として持っているのかは本当の問いで、処方した人に出す問いであって、頁を読んで決める問いではありません。

範囲の話。たいていの人はいくつか使っていて、たいていの場合それで何も損しません。 回数の閾値はなく、素手で怖いことをやる美徳もありません。有用な問いは、一覧が増えているかと、その場面が五年前と同じくらい危険に感じられるかです。両方とも「はい」なら、その行動は線を守っているのではなく、恐れを据え置いています。 何年も走っているパターンについてどちらなのかを見分ける作業は、見慣れている人と一緒のほうがだいぶうまくいきます。

出典

  • · Salkovskis, P. M. (1991). The importance of behaviour in the maintenance of anxiety and panic: a cognitive account. Behavioural Psychotherapy.
  • · Wells, A., Clark, D. M., Salkovskis, P., Ludgate, J., Hackmann, A., Gelder, M. (1995). Social phobia: the role of in-situation safety behaviours in maintaining anxiety and negative beliefs. Behavior Therapy.
  • · Salkovskis, P. M., Clark, D. M., Hackmann, A., Wells, A., Gelder, M. G. (1999). An experimental investigation of the role of safety-seeking behaviours in the maintenance of panic disorder with agoraphobia. Behaviour Research and Therapy.
  • · Helbig-Lang, S., Petermann, F. (2010). Tolerate or eliminate? A systematic review on the effects of safety behavior across anxiety disorders. Clinical Psychology: Science and Practice.
  • · Milosevic, I., Radomsky, A. S. (2008). Safety behaviour does not necessarily interfere with exposure therapy. Behaviour Research and Therapy.
  • · Blakey, S. M., Abramowitz, J. S. (2016). The effects of safety behaviors during exposure therapy for anxiety: critical analysis from an inhibitory learning perspective. Clinical Psychology Review.

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