社交不安(あがり症・対人恐怖)
社交不安が本当に怖がっているのは何か。人見知りとも人疲れとも違う理由、日本の「対人恐怖症」がDSMの概念とどこでずれているか、そして相談していい目安。
ウェルビーイングの科学
社交不安は、評価されることへの恐れです。人が怖いのでも、会話が嫌いなのでも、騒がしさが苦手なのでもありません。見られて、足りないと判定されることが怖い。言葉から受ける印象より狭い話で、ここを正確に取ると「自分の何が問題なのか」の答えが変わります。
先に、これではないものを挙げておきます。内向性ではありません —— あれは刺激量の好みです。人疲れ(ソーシャルバッテリー)でもありません —— あれは消耗です。夜は楽しかった、代金は後から来た、通貨は体力だった。社交不安は前払いです。予期の重さで先に取られ、終わってから反省会でもう一度取られる。真ん中の時間は、自分を見ているのに使われます。
内側から見るとどう見えるか
誘いが来て、何かが落ちます。断るのも面倒なので行くと答え、それから四日間、予定表の中でその日が天気のように居座ります。
部屋に入ると、注意の向きが逆になります。会話を聞いているというより、その中での自分の出来を監視している —— いまの声は変じゃなかったか、言い過ぎたか、顔はどうなっているか。ここは外から見ている人がまず想像しない部分です。社交不安のある人は他人に夢中なのではなく、不本意ながら自分に夢中で、本人はそれを嫌っています。
終わったあとに反省会が来ます。その晩の全部を、気まずかった一秒ごとに音量を上げて再生する。臨床では事後の反芻(post-mortem)と呼ばれていて、いい夜が自分に不利な証拠として終わる理由がこれです。仕組みのほうは考えすぎ(反芻思考)に書いてあります。社交不安はそこに素材を供給します。
そして小さな工夫の数々。雑談を避けるために遅れて行く、先に一杯飲む、スマホを持っている、知っている人の近くに立つ、台詞を用意しておく。どれもちゃんと効きます。そこが問題です。
認知モデルが見つけたこと
二年違いで出た二つの認知モデルが、いまも説明の大半を担っています。
クラークとウェルズ(1995):注意が内側を向く。 社会的な脅威のもとでは、注意が部屋から「自分がどう見えているか」の内的イメージへ移ります。しかもそのイメージは、自分がどう感じているかから組み立てられていて、どう見えているかの情報からは作られていません。顔が熱いと感じるから、赤くなって見えていると決めつける。頭が散らかっていると感じるから、散らかった話し方をしたと決めつける。判定の材料は、不安そのものが製造したものです。
レイピーとハイムバーグ(1997):観客が昇格する。 同じことを別の言葉で —— 社交不安のある人は、観客から見えている自分の表象を作り、同時に観客が注意深くかつ厳しいと想定します。どちらの想定もたいてい外れています。 人は圧倒的に、自分のことを考えています。
安全行動が生かし続ける。 ここがいちばん実用的な発見です。一杯、スマホ、用意した台詞、早めの退出 —— どれもその場の不安を下げ、そして不安を恒久的に下げる唯一のこと、つまり何も悪いことが起きないと分かることを妨げます。夜は無事に終わり、手柄は安全行動のものになる。回避は社交不安の症状ではありません。エンジンです。
頻度が高く、始まりが早い。 米国のNCS-Rでは社交不安症の生涯有病率は約12%、発症年齢の中央値は思春期前期でした。見られることが全科目になる年齢に、ちょうど始まります。なお12%は米国の標本の値です。日本で行われた地域調査の値は同種の欧米調査より総じて低く出ることが知られていますが、日本側の数字はここでは断定しません。
「対人恐怖症」は、これと同じものではありません
ここからが、英語版に無い部分です。そして日本語でこの語を調べる人にとっては、たぶんいちばん効きます。
対人恐怖症は日本の精神医学が自前で持っていた診断概念で、出どころは森田正馬の神経質論(1928)です。DSMの社交不安症を日本語に訳した語ではありません。別の場所から、別の観察に基づいて立ち上がったものです。
中心がずれています。DSM側の恐れは「自分が低く評価されること」に向いています。対人恐怖症のうちとくに確信型と呼ばれる形 —— 自己臭恐怖(自分の体臭で人を不快にしている)、視線恐怖(自分の視線が相手を不快にさせる)、赤面恐怖、表情恐怖 —— では、恐れの向きが逆です。自分が相手に迷惑をかけている、不快を与えている、という側に恐れが立っています。 主語は自分で、被害者は相手です。
この違いは細部ではありません。「人からどう思われるか」ではなく「人に迷惑をかけていないか」で日常が回っている人は、DSMの説明文を読んでも自分のこととして読めないからです。読めないまま「自分は神経質なだけ」に落ち着いて、何年も経ちます。
歴史の側も動いています。カーミアは1991年に、対人恐怖症をDSMの分類体系がどう扱い損ねているかを論じました。クラインクネヒトらは1997年に日米の学生を比べ、対人恐怖的な訴えは日本の標本で高く出たが、アメリカの標本にも無いわけではなかったことを報告しています。つまり「日本人だけの病」ではありません。分布が違うだけです。
そして2013年、DSM-5は社交不安症の診断基準に「他者を不快にさせる/怒らせる」という恐れの形を明示的に書き加え、対人恐怖症を文化的苦痛概念の用語集に収めました。日本側の観察が、国際的な基準の側に取り込まれた形です。これは「日本の古い話」ではなく、いま使われている基準の一部です。
森田療法、そして「ひきこもり」との切り分け
日本語で社交不安を調べると、もう一つ必ず出てくるものがあります。森田療法です。
森田正馬が1919年に始めた治療法で、中心の概念は二つ ——「とらわれ」(症状を消そうとする努力そのものが症状を大きくする)と「あるがまま」(症状を残したまま、するべきことのほうを進める)。北西と森の総説が英語圏向けに整理しているとおり、症状を除去の対象とせず、行動のほうを動かすという発想は、後の認知行動療法や受容中心の治療が独立に到達した地点と重なります。1919年にそこにいたのは、率直に言って早い。
ただし、正直に書いておくことが二つあります。効果研究の層はCBTより薄いこと —— 社交不安に対しては、無作為化比較試験の蓄積という点で認知行動療法のほうが圧倒的に強い。そして現在の森田療法は入院形式だけでなく外来でも行われていますが、扱っている医療機関は多くありません。「日本の伝統だから自分に合うはずだ」という理由で選ぶものではなく、近くで受けられるかどうかで決まる、というのが実務上の答えです。
もう一つ、隣に置かれやすい語を切っておきます。ひきこもりは社交不安症ではありません。加藤・神庭・テオらが整理しているとおり、ひきこもりは社会的な撤退が長期に続いている状態を指す記述で、診断名ではなく、背景には社交不安症もあれば、うつ病も、発達特性も、何も見つからない場合もあります。重なることはありますが、同じものではありません。 社交不安があるからひきこもりだ、とも、ひきこもりだから社交不安だ、とも読まないでください。どちらの読み方も、その人にとって必要な入口を一つ隠します。
恐れ・消耗・敏感さ —— 三つの別のつまみ
このページに来る人はたいてい、自分がどれかをもう決めていて、そしてよく外しています。表に出てくる行動が同じだからです。三つとも「早めに帰る人」を作ります。
- 恐れ。 前に予期不安、最中に自己監視、後に再生。安心は人からの保証で来て、解放は逃げることで来る。怖いのは判定です。
- 消耗。 予期不安は無い。その場は楽しい。代金は数時間後に疲れとして来て、回復は一人の時間で来る。これが人疲れ(ソーシャルバッテリー)で、容量の話であって恐れの話ではありません。
- 敏感さ。 処理の深さ —— 音、光、人の機嫌、全部が大きめの音量で届く。敏感な人は、その場にいたいと思いながら出る必要があることがあります。
三つは自由に重なります。ただし一つ、名前をつけておくべき取り違えがあります。社交不安のある人が、それを内向性と呼ぶ。 疲れのほうが予期不安より居心地のいい物語だからで、「人付き合いが得意じゃないので」は会話を終わらせられるからです。日本語だとここに「人見知り」という、もう一段やわらかい言い方まで用意されています。この物語の代金は、自分を休息のほうへ案内してしまうことです。休息は恐れには何もしません。
社交不安チェックは、標準的な尺度と同じ読み方 —— 場面、回避、事後の反芻 —— でその型を返します。スクリーニング的な肖像であって診断ではありません。内向型・外向型診断は好みのほうを、HSP(繊細さ)診断は敏感さのつまみを読みます。電話だけがどうしても無理、という形については電話だけは苦手という話のほうが具体的です。
何が効くのか、そして線はどこか
証拠のある方法はどれも同じ方向を向いていて、そして居心地が悪い。注意を外へ、安全行動を減らし、さらされる量を増やす。 具体的には —— 自分の出来ではなく相手に興味を持つ。全部やめるのではなく、一回につき小道具を一つ手放す。そして何かが反証されるだけの時間、その場に留まる。 二十分で抜け出した夜が教えるのは「抜け出すと楽になる」ことだけです。
効かないものが二つ。もっと入念に準備すること —— 生産性の衣装を着た不安です。そして準備ができてから始めること —— その状態は来ません。自信は証拠の後に来るもので、証拠を作るものではないからです。
ここから線です。両方向に大事です。
発表の前に緊張するのは障害ではありません。クイズだらけのサイトがそれを障害だと言うべきでもない。ほとんどの人に同種のものがありますし、評価されることへの特性水準の警戒には現実の利点があります。
一方で、生活のほうがそれに合わせて組み替えられ始めている —— 応募しなかった仕事、かけなかった電話、見られるのが負担なので放置した友人関係 —— なら、それは工夫で管理する性格の癖ではありませんし、「考えすぎ」でもありません。社交不安症は、この分野の中では治療がよく効くほうの問題です。 認知行動療法に強い証拠があります。
やらなくなったことの一覧が伸びているかどうか。 それが目安です。相談先は精神科・心療内科ですが、不安のスクリーニングに書いたとおり、看板の名前と扱っている範囲は一致しないので、予約の電話で先に確かめたほうが早い。初診まで数週間から数か月待つことも珍しくありません。待ち時間の長さは、相談に値しないことの証拠ではありません。
まだ何を相談したいのか言葉になっていない段階なら、その状態のまま電話できる窓口があります —— よりそいホットライン 0120-279-338(24時間・無料)。各自治体の精神保健福祉センターも、精神保健全般の相談を無料で受けています。
出典
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