決断疲れ(ウィルパワー)
意志力は一日かけて減っていくタンクだ、という考えの出どころと、その土台になった実験が再現しなかった経緯。そのうえで何が残るのか。
ウェルビーイングの科学
決断疲れとは、選ぶことには費用がかかり、それが積み上がり、夕方には朝九時より選ぶのが下手になっている、という考えです。だからいつもと同じものを注文し、レジ横のものを買い、午前中なら断っていたことに頷いてしまう。
体感としてありふれているので、説明のほうは二十年間ほとんど疑われませんでした。このページがあるのは、その説明のほうが深刻な状態にあるのに、この話題を扱う記事のほとんどが今も決着済みとして書いているからです。
立場をはっきりさせておきます。疲れは実在します。人がそこに結びつけた理論のほうが、実在しません。 こういうページがこれを言うのは居心地が悪い。きれいな版のほうが、よい助言になるからです。ただしそのきれいな版は、持ちこたえなかった二つの研究の上に建っています。それをそのまま渡すのが、いちばん安いやり方です。
もとの主張は何だったのか
ロイ・バウマイスターの1998年の論文が出発点です。目の前のクッキーを我慢した参加者は、そのあとに出された解けないパズルを、クッキーを食べてよかった参加者より早く諦めました。解釈はこうです。自己制御は一つの限られた資源から引き出されていて、一度使えば供給が減り、次が苦しくなる。 これに自我消耗(ego depletion)という名前がつきました。
生産的な考えではありました。何百という研究が続き、2010年のメタ分析は中くらいの効果量を報告し、モデルは筋肉の比喩として世に出ていきます。意志力は筋肉のように疲れ、休息と糖分で回復する。
そのあと、この分野が確かめ始めました。
ちゃんと検証したら何が起きたか
多施設の追試は、ゼロを返しました。 ハガーとチャチサランティスは2016年、23の研究室にわたる事前登録された追試を行い、ゼロと区別できない効果を得ました。2021年にはフォースとシュマイケルらの大きな共同体が、もっと大きく、もっと好意的な検証をしています —— 36研究室、3,500人以上、しかも「やり方を間違えた」と言われないよう、元の著者が設計に加わっていました。確認的分析の結果はふたたび有意ではなく、ベイズ分析では、データは「効果なし」のもとで、文献が予測していた効果のもとよりおよそ4倍ありそうだと出ました。
血糖版はもっと悪い結果でした。 自己制御は血糖を消費し、甘い飲み物で回復する —— モデルの中でいちばん生理学的に具体的で、いちばん広く繰り返された部分です。ヴァディージョ、ゴールド、オスマンの2016年のp曲線分析は、それを支える文献に証拠としての価値がほとんど無く、出版バイアスと報告バイアスと整合的だと結論しました。そもそも脳のエネルギー消費は、易しい課題と難しい課題のあいだでこの物語が成り立つほど変動しません。
有名な裁判官の研究には、退屈な別の説明があります。 ダンツィガーらの2011年の論文 —— 仮釈放を認める判断の割合が一つの審理の中で6割半ばからほぼゼロまで落ち、食事休憩のあと戻る —— は、決断疲れの例示として世界でいちばん引用されています。この使い方には二つ問題があります。ワインシャル=マーゲルとシャパードは反論の中で、事件の順番がランダムではなかったことを指摘しました。弁護人のついた受刑者は各セッションの前のほうで審理され、順番はほかの事務的な要因にも左右されていた。次いでグレックナーがシミュレーションで、あの劇的な傾きは統計的な人工物として作り出せることを示しています。認める判断は認めない判断より時間がかかるので、休憩前に時間が足りなくなった裁判官は、機械的に短いほうの選択肢を取りやすくなる。どちらも「裁判官は疲れていなかった」の証明ではありません。どちらも「この研究にあれだけの重さは載せられない」の証明です。
フリーゼらの2019年のレビューが、いちばん公平な着地点を書いています。「自我消耗は決定的に偽である」ではなく、二十年が過ぎても、主張されてきた形で実在することを証拠が確立していない。だから教科書にある自信満々の版は教えるべきでない。
それでも残るもの
いくつもあり、そしてタンクの比喩より役に立ちます。
疲れが変えるのは「できること」ではなく「したいこと」です。 現在いちばん有力な置き換えの説明は、これを資源ではなく動機づけの問題として扱います。努力を続けたあとは、続けることの魅力が下がり、楽なほうの魅力が上がる。ここからタンクのモデルには出せない予測が出ます —— 十分に大きな報酬か、本当に面白い別の選択肢があれば、成績はその場で戻る。 実際に戻ります。しかも、空になったタンクが満ちるはずのない実験で、確実に。
選ぶことは、実行することより高くつきます。 選択肢のあいだで検討することは、ほかの全部と同じ限られた注意を使います。そして判断の枠組みを行き来することには、注意残余に書いた費用がかかる。小さな決定が四十ある一日は、大きな決定が四つある一日より重い。 タンクを一つも持ち出さずに、そう言えます。
時刻の効果は実在していて、意志とは何の関係もありません。 覚醒は午後の半ばに体内時計の予定どおり落ちます。その日何も決めていない人でも落ちます。それが午後の眠気で、決断疲れとして片づけられているもののかなりの部分を説明します。
そして本物の消耗は存在します。ただし時計がもっと長い。 木曜には何も残っていない、と人が言うとき指しているものは、選択の多い午後より燃え尽き症候群や情緒的消耗感にずっと近い。そちらの研究はよく持ちこたえています。自分がどちらの時計の話をしているのかは、燃え尽きセルフチェックが一日単位ではなく数か月単位で読みます。
日本語では、古い版だけが残っている
ここが、この一篇を日本語で書く理由です。
英語圏では2016年以降、再現に失敗したという話が、元の主張とほぼ同じ場所を流れました。学術誌の総説があり、一般向けの記事があり、当の研究者たちが公の場で議論しました。日本語ではその後半が薄いままです。 自我消耗と意志力の筋肉モデルは、まず翻訳された一般書として日本語圏に入ってきました。よく読まれ、繰り返し引用され、研修や自己啓発の語彙に取り込まれ、「ウィルパワー」という外来語として定着しました。 そのあとに来たはずの訂正のほうは、同じ規模では来ていません。
結果として何が起きるか。日本語で「意志力」を検索すると、2010年代前半の科学が、いまも現役の科学として並びます。 朝のうちに難しい決定を、糖分を摂って回復を、選択肢を減らして消耗を防ぐ —— 助言そのものは今も概ね機能します(理由は下に書きます)。問題は理由づけのほうが古いまま売られていることで、理由が間違っていると、助言が効かなかったときに次の一手が出てきません。
それからもう一つ、日本語で書くときに外せない側があります。血糖モデルが崩れたことは、その手前にあった言い方に帰ってよいという意味ではありません。 気合い。根性。自己管理。意志力がタンクでないと分かったからといって、意志力が人格の量になるわけではない。 崩れたのは「資源が減る」という説明であって、代わりに立っているのは「動機の配分が変わる」という説明です。どちらも、本人を評価する言葉ではありません。夕方に楽なほうへ引かれるのは、選好が動いたのであって、人格が崩れたのではない。 日本語でこの話をすると、科学の側が崩れた瞬間に精神論の側が席に戻ってきやすい。そこだけは、はっきり断っておきます。
そして、翻訳書の側が正しかった部分も公平に書いておきます。あれらの本が広めた実務 —— 決める回数を減らす、重いものを先に置く、標準を作る —— は、理論が崩れても生き残りました。 生き残った理由は、タンクとは別の仕組みで効いていたからです。それが次の節です。
これを知ったあと、何ができるか
タンクのモデルから出てきた実務的な助言は、たいていそのまま使えます。理論が崩れても残ったのはそのためです。ただし理由が変わり、理由は助言が効かなくなったときに効いてきます。
本当に難しい決定を、前に置く。 一日の配給量が有限だからではなく、午後には生理的な谷があり、一日は残余を溜めるからです。
タスクの数ではなく、決定の数を減らす。 決まりごと —— 同じ朝食、会議の長さの既定値、何に頷くかの原則 —— は検討そのものを消します。高くつくのは検討のほうです。
夜の自分を疑う。ただし道徳の話にしない。 夜十時には楽なほうへの引力が強い。それは選好の移動であって、人格の崩壊ではありません。 設計側の答えは「もっと頑張る」ではなく「先に決めておく」です。その具体的な版は夜更かしをやめられないのほうにあります。
断るかどうかを、その場の元気で決めない。 夕方に効いてくる選好の移動は、仕事の選択だけでなく人づきあいにも出ます。昼なら断っていた頼まれごとを夜に引き受け、翌朝それを後悔する。これを意志の弱さとして扱うと同じことが続くので、先に線を決めておいて、その場では線のほうを参照するほうが確実です。線の引き方そのものは自分の境界線に書きました。
意志力についての主張に数字がついていたら、年代を見る。 この領域で流通しているものの驚くほど多くが、もう一度やったら通らなかった二つの実験の下流にあります。きれいなページを渡すより、そちらを言うほうを選びました。
最後に範囲について。どうしても決められない、何を選んでも間違いに思える、決めたあとに何時間も確認してしまう —— これは疲れの話ではありません。強い不安や強迫の側から見たほうが早いことがあり、不安のセルフチェックはその入口の一つです。ここは診断の場ではないので、それが何か月も続いているなら、心療内科か精神科で相談してください。
出典
- · Baumeister, R. F., Bratslavsky, E., Muraven, M., Tice, D. M. (1998). Ego depletion: is the active self a limited resource? Journal of Personality and Social Psychology.
- · Danziger, S., Levav, J., Avnaim-Pesso, L. (2011). Extraneous factors in judicial decisions. Proceedings of the National Academy of Sciences.
- · Weinshall-Margel, K., Shapard, J. (2011). Overlooked factors in the analysis of parole decisions. Proceedings of the National Academy of Sciences.
- · Glöckner, A. (2016). The irrational hungry judge effect revisited: simulations reveal that the magnitude of the effect is overestimated. Judgment and Decision Making.
- · Hagger, M. S., Chatzisarantis, N. L. D., Alberts, H., et al. (2016). A multilab preregistered replication of the ego-depletion effect. Perspectives on Psychological Science.
- · Vohs, K. D., Schmeichel, B. J., Lohmann, S., et al. (2021). A multisite preregistered paradigmatic test of the ego-depletion effect. Psychological Science.
- · Vadillo, M. A., Gold, N., Osman, M. (2016). The bitter truth about sugar and willpower: the limited evidential value of the glucose model of ego depletion. Psychological Science.
- · Friese, M., Loschelder, D. D., Gieseler, K., Frankenbach, J., Inzlicht, M. (2019). Is ego depletion real? An analysis of arguments. Personality and Social Psychology Review.