飲み会は良かった。人も好きだった。そして翌日、誰からも何も受け取りたくなくて、スマホは伏せたままで、友人の何でもない連絡が要求に感じられる。この状態を人は社会的電池と呼ぶようになりました。学術用語ではありませんが、測定されている効果の比喩としてはよくできています。社交はいま気分を上げ、あとで請求が来る。請求額は人によってかなり違います。
たいてい起きていること
電池が小さくて、それでいい。 外向的にふるまうことは誰の気分もその場では上げます —— 内向的な人でもです —— そして数時間後の疲労を予測します。単にタンクが小さくて、満員の夜のあとに空の夜が要る人がいます。会食の間隔を空ける友人は資源を管理しているのであって、好意を出し惜しんでいるのではありません。
人より多く処理している。 およそ五人に一人は感受性が高く、音、光、他人の機嫌を深く取り込みます。そこにいたいと思っている場でも、うるさい部屋は消耗させます。これは内向性とは別のつまみで、感受性の高い外向型は存在します。
場が要求してくるものが多い。 日本語の場では「空気を読む」作業が常時走っています。誰が話していないか、誰の杯が空か、この話題はもう切っていいか。二次会まで行くと、その監視が四時間から五時間続く。楽しかったかどうかと、何時間監視していたかは別の勘定で、消耗しているのは後者のほうであることが多い。
電池ではなく、恐れ。 前から憂鬱で、最中は自分を監視していて、あとで反省会をしている。そして次を「間隔を空ける」のではなく「断る」ようになっている。それなら請求は疲労ではなく心配です。社交不安は回避とともに育ちます。断った部屋のひとつひとつが「部屋は危険だ」を裏づけるからです。電池とは効くものが違い、電池と呼び続けることが、手当てされないまま残る理由になります。
今夜できること
- 予定と一緒に回復の時間も予定に入れる。満員の夜のあとの空の夜は、気分ではなく必要です。
- 良い区間を知って、そこで帰る。二時間が有効な窓であることが多く、崩れるのは四時間目です。二時間で帰るのは失礼ではありません。
- 個人的に受け取る人には一文を言う。「離れているんじゃなくて、充電しているだけ」。相手が夜中に抱えるものが変わります。
- 「行かない」を三回続けたら、そこは電池の話ではなくなっている可能性を見る。間隔を空けるのと断るのは、見た目が似ていて向きが逆です。
何で決まるか
消耗なのか、感受性なのか、恐れなのかで答えが丸ごと変わり、三つは別の道具で分かれます。社交不安チェックは恐れを読み、感受性の高い人のテストはつまみを読み、ビッグファイブの外向性が電池計にいちばん近いものです。三つの背景にある研究は社会的電池の項目にまとまっています。