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恋愛と結婚の「決まった順番」

告白、交際、同棲、両家への挨拶、入籍、出産。誰も決めていないのに全員が知っている順番を、名前で呼ぶとどう見えるか。

関係の科学

多くの人が、合意した覚えのない順番を頭の中に持っています。出会う、告白する、付き合う、親に会わせる、同棲する、入籍する、式を挙げる、子どもを持つ、どちらかが死ぬまで続ける。一段ずつ上がるものとされ、飛ばすのは不自然とされ、一段でも戻ると失敗と読まれます。

英語圏ではこの順番を、2017年にエイミー・ガーランが relationship escalator(関係のエスカレーター) と名づけました。エスカレーターは向きが一つで、順序が固定で、途中で降りると何かあったように見える —— その三つが揃っているからこの比喩が残りました。日本語にこの語の定訳はありません。 ですからここで扱うのは訳語ではなく、順番そのものです。

日本語だけが、目的地を名前で呼んでいる

英語圏でこの概念が効くのは、順番が暗黙だからです。誰も書いていない規則ほど強く守られる、というのが元の議論でした。

日本語では、ここが半分ひっくり返ります。「結婚を前提としたお付き合い」という言い方が、目的地を交際の定義に前置きしている。 英語にこれに相当する日常語はありません。同じことを英語で言おうとすると説明が一文では済まないのに、日本語では交際を始める場面でそのまま口に出せる定型句になっている。

同じ働きをする語がほかにもあります。「けじめ」は段を上がらないことへの評価語として使われ、「結婚適齢期」は段に時刻表を与え、「そろそろ」はその時刻表を親族が読み上げるときの言い方です。暗黙だから強いのではなく、日本語では言語化されているから強い。 名前で呼ぶこと自体は、ここではもう済んでいます。済んでいないのは、その名前の中身が何段に分かれているかを見ることのほうです。

段と、その段が一緒に運んでいるもの

日本で実際に踏まれている段は、英語圏で挙げられる五段階と順序が違います。

  • 告白 —— 交際の開始が、日付のある単発の出来事になる。英語圏では三番目あたりに来る排他性の確認が、日本では最初に来ます
  • 交際 —— 公認される。ここから「いつまで」という時計が動き始める
  • 同棲、あるいは半同棲 —— 生活の統合。日本ではこれ自体が結婚の前段階として読まれるので、独立した選択肢になりにくい
  • 両家への挨拶、顔合わせ、場合によっては結納 —— 家と家が当事者になる段。英語圏の説明にはこれに当たるものがありません
  • 入籍 —— 法的な段。なお「入籍」は語としては正確ではなく、初婚どうしの場合は二人の新しい戸籍が作られます
  • 式、そして出産 —— 完成の証明として扱われ、以後は続いていること自体が成功の指標になる

一段ごとに、実は別々の決定が束ねられています。排他性、同居、家計の統合、法的な地位、姓、永続性 —— 六つの別の決定を、この順番は一つのものとして扱っています。

日本語版に一つ多いのがです。民法750条は夫婦が同じ氏を称すると定めていて、実際には妻が改姓する組み合わせが圧倒的多数を占めます。入籍という一段には、法的地位の取得と、片方の名前の変更と、それに伴う手続きの束が同梱されている。英語圏のエスカレーターにこの同梱はありません。「結婚するかどうか」と「名前を変えるかどうか」が日本では一つの問いになっているのは、順番のせいであって、恋愛のせいではありません。

名前で呼ぶと何が変わるのか

二つ変わります。

一つめ。順番どおりでない関係が、弁明しなくてよくなります。 十二年続いていて別々の家に住んでいる二人は、四段目で止まっているのではない。束ねられた六つの決定のうち一つだけを、別に決めただけです。別居婚事実婚も、そういう形をしています。

二つめ、そしてこちらのほうが乗っている人には役に立ちます。一段ずつが「次だから」ではなく「理由があるから」になります。

というのも、段そのものが期待されている働きをしない、というのが研究の側の一貫した結果だからです。同棲すれば離婚しにくくなる、とは言えません(スタンリーらの一連の研究は、流れ込むように同棲した組でむしろ後の質が低いことを繰り返し示しています。標本は北米です)。結婚は、結婚前にあった葛藤を解決しません。家計を一つにしても親密さは生まれません。段は本物の約束で本物の帰結を伴いますが、関係が機能する仕組みそのものではない。 フィンケルらが指摘したのは、むしろ一つの関係に期待される中身が歴史的に膨らみ続けたことのほうでした。

一段だけ降りる、という降り方

「降りた」と言われる人の大半は、全部降りたのではなく、一段だけ降りています。

住所を分けたままの長い関係は、同居の段だけを選ばなかった。合意のある非一夫一妻は排他性の段だけを選ばず、結婚を含む残りはそのままということが多い。事実婚は法的な段と姓の段だけを選ばない形で、日本ではこれが最も実行しやすい降り方です。クィアプラトニックな関係は、約束と生活の統合を取って、恋愛と性の前提だけを外している。

どれも反・関係ではありません。 ここが最もよく読み違えられます。たいていは逆で、既定値が代わりに考えてくれなかったぶん、自分が何を求めているかを平均より長く考えた結果です。

そして日本には、降りるのではなく最初から乗れない層があります。同性のカップルは婚姻が法制化されておらず、違憲と判断した高裁の判決が続いている段階です。自治体のパートナーシップ制度や、養子縁組・任意後見・公正証書を組み合わせて必要なものを一つずつ作ることになる。「降りる」という比喩が使えるのは、乗ることが選べる人だけです。

降りる側の代償も実在します。社会的な承認が薄く、法的な保護が少なく、説明が終わらない。よく機能する既定値を手放して、終わらない交渉を引き受ける取引だということは、正直に書いておく価値があります。

乗ったままの人にとっての使いみち

降りなくてもこの見方は使えます。実務的な問いは一つだけです。いま乗っている段のうち、どれを選んで乗り、どれを「次だったから」乗ったのか。

この問いを出すと、毎回同じ材料が出てきます。自分にとって近いとはどういうことか。約束の中にどれだけの一人の時間が要るのか。そして、一段上がったあとで相手が自分に何を負っていると思っているか。これは愛着スタイルの問いと境界線の問いが、服を着替えて出てきているだけです。

同棲を始めるかどうかで揉めているカップルが、住まいの話をしていることはほとんどありません。

出典

  • · Gahran, A. (2017). Stepping Off the Relationship Escalator: Uncommon Love and Life.
  • · Finkel, E. J., Hui, C. M., Carswell, K. L., Larson, G. M. (2014). The Suffocation of Marriage. Psychological Inquiry.
  • · DePaulo, B. (2006). Singled Out — on the social assumptions attached to relationship progression.

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