別居婚
結婚や長期の関係を続けながら、あえて別々の家に住む形。週末婚や単身赴任との違い、同居義務と事実婚の扱い、そして何が残るのか。
関係の科学
別居婚とは、結婚あるいはそれに準じる長期の関係を続けながら、二人が別々の家に住み続ける形です。週末婚、通い婚とも呼ばれ、英語圏では Living Apart Together、略して LAT と呼ばれます。
遠距離恋愛との違いは、距離ではなく意思です。別居婚の二人はたいてい、会おうと思えばいつでも会える距離にいて、そのうえで住所を一つにしないことを選んでいる。離れていることが事情なのか選択なのかが分かれ目で、ここが同じなら距離は何キロでも構いません。
別居婚・週末婚・通い婚・卒婚、そして単身赴任
日本語にはこの形を指す語がすでに複数あります。英語圏のように「名前のない選択」ではない代わりに、語ごとに指す範囲が少しずつ違います。
- 別居婚 —— 最も広い語。婚姻届を出しているかどうかを問わず、夫婦として別に住んでいる状態
- 週末婚 —— 平日は別、週末は一緒、という頻度まで含んだ言い方
- 通い婚 —— 一方が他方の家に通う形。歴史的には平安期の妻問婚を指す語でもあり、現代語としてはやや古風
- 卒婚 —— 長く続いた結婚のあとで、離婚せずに生活を分ける形。始めから別に住む別居婚とは、動機の向きが逆です
そして単身赴任は別居婚ではありません。 日本における別居の最大の供給源でありながら、決定的に違う点が一つあります。単身赴任は本人が選んでいない。会社が決め、期間も会社が決め、延長もありうる。別居婚の中身が「選んだこと」である以上、同じ住居の分離でも意味が反対になります。選んだ別居は自律の話で、決められた別居は裁量がない話です。効いてくる負荷の種類が違うので、同じ助言は当てはまりません。
法律はどう扱うか — 同居義務と、事実婚が認められにくい理由
日本の法律には、夫婦の同居について正面から書いた条文があります。
民法752条は「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」と定めています。 ただしこの同居義務は、家庭裁判所が同居を命じることはできても、実際に住まわせる形で強制することはできない、というのが実務上の理解です。合意のうえで別に住んでいる夫婦が、この条文のせいで何かを失うわけではありません。
効いてくるのは合意がないときです。一方が正当な理由なく同居を拒み、生活費も渡さない —— これは民法770条1項2号の悪意の遺棄として離婚原因になりえます。二人が納得して選んだ別居と、一方が出ていった別居は、法的にはまったく別の状態です。 別居婚を始めるときに、合意した事実そのものを残しておく意味はここにあります。
婚姻届を出さない場合は、もっと直接に響きます。事実婚(内縁)として保護されるには、夫婦としての共同生活の実態が要件になる。別に住んでいると、この実態を示すのが難しくなります。遺族年金は「生計を維持していた」ことが条件で、別居している場合は仕送りの記録、定期的な行き来、健康保険の扶養といった材料で生計が一つであることを立証していくことになる。別居婚で最も実害が出るのはこの一点で、しかも立証が必要になるのは本人が説明できなくなった後です。
法律婚をしたうえで別居婚をするなら、婚姻の効力そのものは何も変わりません。配偶者控除や各種の手当は「生計を一にしているか」で判断されるので、住所が別であること自体が失格事由になるわけではない。ただし、窓口で説明する場面は確実に増えます。
何が楽になるのか
日常の交渉が消えます。 掃除の基準、寝る時間、物の置き場所、一人でいたい時間。長く続く関係が実際に言い争っているのはこういうことで、同棲はこれを毎日交渉することを意味します。住所を分けると、この層がまるごと無くなる。別居婚を選んだ人が最もよく挙げる利点がこれです。
既にある家族の構造が壊れません。 連れ子は家を変えず、学校も変わらない。継親子の関係が、賃貸契約によって強制的に作られるのではなく、自分たちの速さで育ちます。再婚がこじれる原因の多くがここに集中するので、実益は小さくありません。
会うことが毎回、決定になります。 一緒にいる時間が既定値ではなく選択になる。同棲について言われる「流れ込むのではなく決める」という論点の、ちょうど裏返しです。
お金が単純なままです。 前の関係で作った資産があり、子どもへの相続を考える必要がある場合、財布が分かれていることは面倒ではなく安全装置として働きます。ベンソンらの調査で、離死別を経た年長の層がこの形を積極的に選んでいた理由の中心もここでした —— 子どもの相続を守ること、長年かけて作った家を手放さないこと、そして繰り返し語られたのが、苦労して手に入れた自分の裁量を失いたくない、という理由です。
何が残るのか
家が二つあると高くつきます。 身も蓋もありませんが、この形をやめる理由として最も多く挙がるのがこれです。
病気と介護で、先送りにしていた決定が一度に来ます。 別居婚は二人とも健康なあいだはよく機能します。どちらかが倒れたとき、一緒に住むのか、どちらの家に、誰が仕事を減らすのかを、最も判断力が落ちている時期に決めることになる。元気なうちに決めてあるかどうかが、この形の一番大きな分岐です。
説明が終わりません。 親、職場、近所、役所。住所が別だと「うまくいっていない」と読まれます。日本語では特に「別居」という語が離婚の前段階として使われてきたので、語そのものが誤解を運んできます。
そして、合意していない別居婚は別居婚ではありません。 転勤や親の介護で始まった別居を、どちらも「そのうち終わる」と思ったまま何年も続けている —— これは選んだ形ではなく、先送りです。一方が終わりを待っているあいだ、もう一方はこれを選択だと思っている。この形が壊れるのは距離のせいではなく、同じものを選んでいるという確認をしないまま時間が経つからです。 何を選び、何を選んでいないのかを言葉にする作業は、結局境界線の引き方の問題になります。
最後に数字について。英国や北欧の調査では、パートナーのいる成人のおよそ一割が別居婚にあたるという推計が出ており、レヴィンはこれを「段階ではなく家族の一形態だ」と論じました。ダンカンとフィリップスの調査は、別居婚のカップルがコミットメントの尺度で低く出るわけではないことも示しています —— 住まいの話であって、真剣さの話ではない。ただしこれらはすべて英国・北欧・北米の標本です。日本にはこれに相当する統計がなく、単身赴任と混ざるために数字が出しにくい。引用できる数字がないことは、この形が少ないことを意味しません。
出典
- · Duncan, S., Phillips, M. (2010). People who live apart together (LATs) — how different are they? The Sociological Review.
- · Levin, I. (2004). Living Apart Together: A New Family Form. Current Sociology.
- · Benson, J. J., Coleman, M. (2016). Older adults developing a preference for living apart together. Journal of Marriage and Family.
- · Strohm, C. Q., Seltzer, J. A., Cochran, S. D., Mays, V. M. (2009). Living Apart Together relationships in the United States. Demographic Research.