ナルシシズム(自己愛)の二つの顔
この語は悪口になり、そのぶん意味を失いました。研究が分けていて世間が分けていないもの、片方はほとんど見えないこと、そしてなぜ他人を判定する道具をここに置かないのか。
性格の科学
ナルシシズム(自己愛)は、自分をどう大きく見積もるか、承認をどれだけ必要とするか、そして他人の都合をどれだけ勘定に入れるかについての次元で、誰もがそのどこかにいます。ところが日本語のウェブで「ナルシシスト」「自己愛」が実際に指しているのは、たいてい別のものです ——自分を傷つけて、しかも悪いと思っていないように見えた人。
言葉づかいが雑だという苦情ではありません。実際にこの語がやっている仕事の記述です。そしてそれが、この項が最初にしないことから書き始める理由です。
ここでは、誰の診断もできません。 元恋人も、親も、上司も。この話題に人がたどり着く理由としていちばん多いのがそれで、まったく理解できる動機で、そして道具はそういう作りになっていません。免責文だからではなく、理由があるからで、その理由は次に何をするかを変えます。
このページがやるのは、研究が分けていて世間が分けていない区別を渡すことです。そこが結局いちばん役に立ちます ——この一語を着ている、かなり違う二つのものがあり、うるさいほうは多いほうではない。
カテゴリではなく、次元
書かれているもののほとんどが、二つの別の対象を混ぜています。
特性としての自己愛は、一般人口の中の次元です。誰もがどこかにいる。適応的な端 —— 自信、前に出ることへの抵抗の少なさ、欲しいものを声に出して言える力 —— があり、代償の大きい端がある。線の上を移動しても、カテゴリに入るわけではありません。あなたを含む全員を貫いている一本の線の上を、少し進むだけです。
自己愛性パーソナリティ障害は臨床診断です。人間が、状況と関係をまたいで広がる長期のパターンから、実際の機能の障害を確かめてつけます。スティンソンらによる米国の大規模疫学調査では生涯有病率をおよそ6%と推定していますが、この数字は米国の全国標本の値で、日本の値ではありません。 そして発表以来ずっと議論されている数字でもあり、そのこと自体が情報です ——専門家の側でも、線をどこに引くかは合意していません。
日本語の側には、もうひとつ古い荷物があります。訳語です。 この診断名は長いあいだ「自己愛性人格障害」と呼ばれていました。2003年のDSM-IV-TR日本語版、2005年のICD-10日本語版の改訂、そして2008年に日本精神神経学会が約二十年ぶりに改訂した用語集を経て、臨床の標準は「パーソナリティ障害」になっています(近年はさらに「パーソナリティ症」の表記も増えています)。
これは事務的な言い換えではありません。 日本語の「人格」は、人そのものの価値に直結する語です。「人格を疑う」「人格を否定する」。この語が入った診断名は、状態の記述ではなく人物評価として読まれます。 検索でも書店でもいまだに旧訳のほうをよく見かけますが、指しているものは同じで、読まれ方だけが違うということは知っておく価値があります。
この二つの対象のあいだの距離に、ネット上の自信のほとんどが住んでいます。特性尺度の高得点は診断ではなく、診断の近くでもなく、高いことによって診断になったりはしません。
二つの顔、片方はほとんど見えない
ウィンクの1991年の論文がこの領域を組み直しました。所見は、その外側ではいまも広まっていません。彼は、当時使われていた各種の自己愛尺度が、ほとんど相関しない二つのものを測っていることを見つけました。
誇大型(グランディオース) は、誰もが思い浮かべるほうです。自信、誇示、支配的なふるまい、口に出される優位、相手の反応への無関心。うるさく、そして読み取りやすい。
過敏型(ヴァルネラブル) は、外からはほとんど似ていません。不安が強く、過敏で、防衛的で、傷つきやすく、恥と恨みに傾く。そして下には同じ、特別扱いを当然とする感覚と自分への集中があります。 自分が特別だと宣言しているのではなく、特別に扱われなかったことで崩れている。 そして崩れているところは、傲慢さではなく脆さに見えます。
ピンカスとルコウィツキーの総説はこれをより確かな土台に載せました。誇大性と過敏性は同じ構成概念の二つの表現型で、臨床的には同じ人が行き来します —— 職場では誇大型、家では過敏型。あるいは、うまくいっているあいだは誇大型、何かが失敗した後は過敏型。ミラーらが未決の論争をまとめた総説のほうも正直に名指ししておく価値があります。この二つがどこまで同じものなのかは、いまも専門家の間で合意していません。 自己愛は解決済みの単純な話だと言ってくる人は、その人自身について教えてくれています。
実務的な帰結が二つ。一つ、「ナルシシストの特徴」として流通しているもののほとんどは誇大型の顔だけを描いていて、そのため過敏型は体系的に見落とされます。
二つ、これがこのページを読んでいる人を捕まえるほうです。「自分がナルシシストかもしれない」といちばん強く心配している人は、誇大性より過敏型の手触りに近いものを見せていて、そしてもっと多くの場合、単に恥を見せています。 誇大型の自己愛は、不安な自己点検を伴いません。考えすぎ(反芻思考)の項で書いたとおり、自分の言動を夜中に再生して恥を測り直す動作は、それ自体が別の問題です。心配していることは、弱いながらも反証の側の証拠です。
「モラハラ」という、日本語にしかない道具
日本語圏には、英語の narcissist に対応しない語がもう一つあります。モラハラ(モラル・ハラスメント) です。もとはフランスの精神科医マリー=フランス・イルゴイエンヌが1998年に提示した概念で、翌1999年に『モラル・ハラスメント』として訳されて日本語に入り、いまでは離婚の相談でも職場の相談でも日常語として通ります。定着の仕方は英語圏より深く、日本語の話者は、英語話者が持っていない語彙を一つ余計に持っている状態です。
そしてこの語には、この項の主張と同じ向きの美点があります。モラハラは行動を指します。 無視する、人前で貶める、出来事を書き換える、生活費を渡さない、機嫌で家の空気を支配する。何をされたかを言っているのであって、相手が何であるかを言っていない。「ナルシシストだ」が人の属性についての主張なのに対して、「モラハラを受けている」は出来事についての主張で、後者は本人以外にも確かめられます。だから相談の場で使える語になった。
そのうえで、この語がいちばんよく壊れる場所も書いておきます。「モラハラ夫」「モラハラ気質」という言い方で、行動語がまた人物属性に戻ってしまうこと。 そうなった瞬間、モラハラは「ナルシシスト」とまったく同じ働きをします ——名前がついて、問いが止まる。逆向きの誤用も同じところに着きます。意見が合わないことや言い方がきついことまで全部この語で呼ぶと、語の側が弱くなり、本当に必要な場面で「またその話か」と受け取られるようになります。 この語の強さは具体性にあるので、具体性を手放すと強さも消えます。
使い方としては一つだけ。人ではなく、直近の一件を書く。 いつ、どこで、何を言われたか、そのあと何が起きたか。それが、どの相談窓口でも最初に聞かれる形です。
あの有名な検査が実際に測っているもの
NPI(自己愛人格目録) は、ラスキンとホールが1979年に発表した尺度で、あなたが受けたことのある自己愛系の質問票はほぼ全部これの子孫です。当時の診断基準から作られ、それから四十年、一般の人の特性自己愛の指標として使われてきました。批判が二つ、外れずに貼りついていて、どちらも効いています。
誇大型の顔しか読まない。 NPIは過敏型を検出するように作られておらず、実際に検出しません。つまり世界で最もよく使われている自己愛の指標が、二つの形のうち片方に対して事実上盲目だということで、世間の像がここまで偏っている理由の大部分がこれです。
合計点が、一緒にしてはいけないものを混ぜている。 これがアッカーマンらの寄与で、この文献の中でいちばん鋭い批判です。NPIを分解すると三つの成分が出てきました ——リーダーシップ/権威、誇大的な誇示、特権意識/搾取性。 一つめは概して適応的な結果と結びついていました。ふつうの自信と社交的な落ち着きに、かなり近く見えます。残りの二つ、とくに特権意識のほうが、害のある結果と結びついていた。三つを足して一つの数字にすると、対人的に何の問題も起こしていない有能で快い人が、周囲に代償を払わせている人と同じ場所に着地します。
ということは —— 自己愛の検査を受けて結果に動揺したことがあるなら、聞くべき具体的で正当な問いがあります。高かったのはどの部分か。 一つの数字を返すページはそれに答えられませんし、一つの数字は最初から間違った答えでした。
ナルシシズム傾向診断を三つの面(自信、見られたい気持ち、特権意識)に分けて別々に返しているのはこの理由からで、足し算にしていません。 そして全員が三つすべてのどこかに位置します。次元とはそういう意味だからです。
他人を診断する道具を、ここに置かない理由
これは拒否で、規則ではなく理由に値します。
片側しか手元に無い。 どの尺度のどの項目も、内的な体験について聞いています —— 何を当然だと感じるか、称賛をどう体験するか、批判されたとき内側で何が起きるか。それを他人の代わりに答えるのは測定ではなく、あなたの解釈を採点したものです。返ってくる数字は、あなたについての数字になります。
その行動は、その診断に特異的ではない。 見下す、軽蔑する、黙り込む、出来事を書き換える、手柄を取る、謝らない。ラベルはたいていここから組み立てられますが、これらは怯えている人、消耗している人、飲んでいる人、終わりかけの関係にいる人、そして単に振る舞いが悪い人が確実に生産します。こういうふるまいをする人の大半はナルシシストではなく、どちらであるかが分かっても、それがあなたに何をしているかは変わりません。
ラベルは探究を終わらせる。 これが本当の代償です。誰かに診断がついた瞬間、問いが止まります。「あの人に何が起きているのか」だけでなく、「この関係は自分に何をしているのか、自分は何が必要なのか、自分はどうするのか」まで止まる。ラベルは答えのように感じられて、句点として機能します。しかもそれが来るのは、いちばん考え続ける必要がある時点です。
答えられる問いは行動についてのもので、人ではなく関係についてです。
- 意見が合わないとき、何が起きるか。話し合いになるのか、罰になるのか。
- 相手のしたことで傷ついたとき、修復は起きるか。どんな形であれ、一度でも。
- 何かが必要だと言ったとき、それは要求として扱われるか。
- 勘定は、数か月単位で、双方向に釣り合っているか。
- 二年前の自分と比べて、いまの自分は自分らしいか。
これらには別の項目があり、実際に役に立つのはそちらです ——有害な関係、一方通行の関係、境界線(バウンダリー)。どれも、障害を特定していることを前提にしていません。 そこが要点です。境界線を引いたのに踏み越えられた、という一件をどう書くかは、境界線を無視されたときに何をするかのほうが具体的です。
検査にできること、できないこと
できること: 自分についての三つの別々の読みを返すこと。しかも判決を付けずに返すこと —— 自信の高さと特権意識の高さは反対のことを意味するので、最初から一つの数字であってはいけませんでした。
できないこと: あなたを診断すること。他人を診断すること。特性としての自己愛とパーソナリティ障害を区別すること(これは時間をまたいだ広範なパターンと、資格のある人間が確かめた機能の障害を必要とします)。そして過敏型の顔を読むこと。 これはNPIが持っている限界そのもので、自分がその内側にいると知っておく価値があります。
専門家に相談する道は二つあり、宛先が違います。
読んでいて自分のパターンに思い当たったなら ——称賛されていないときの自分は一緒にいて楽ではないこと、批判に対して不釣り合いなものが出ること、近しい人が何年も同じことを別の言い方で言い続けていること。これは扱える対象で、心理療法に反応します。 気づくところが実際にいちばん難しい部分です。誇大型が強い人はそこにたどり着かないことが多く、たどり着いたこと自体は診断ではなく、入口です。日本ではカウンセリングは原則として健康保険の適用外で自費が前提になること、保険の枠に入るのは医師による通院精神療法で時間が短くなりがちなことは、先に知っておいたほうが落胆が少ない。
怖い、行動を管理されている、人と会わせてもらえない、見たことを繰り返し疑わされる —— そういう関係の中にいるなら、相手に貼るラベルは論点ではありません。それは安全の問題で、安全の問題を扱う人のところへ行きます。 配偶者暴力相談支援センターの全国線として、DV相談+ 0120-279-889(24時間)があります。自治体の窓口、警察の相談窓口、そして自分のための医師やカウンセラーも同じ側です。
出典
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- · Wink, P. (1991). Two faces of narcissism. Journal of Personality and Social Psychology.
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