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死を意識すること(存在脅威管理)

死を意識すると人生が変わる、という話がどこまで確かめられているか。有名な実験のほうは揺れていて、もっと地味な別の証拠のほうが残っています。臨死体験の報告も含めて。

ウェルビーイングの科学

「死を意識すると、人生の優先順位が変わる」。この文は、聞いたことのない人がいないくらい流通しています。そして半分は確かめられていて、半分は最近になって揺らぎました。 どちらがどちらなのかを分けておくのが、このページの仕事です。

死について考えることは、病気ではありません。ほとんどの人が、人生のどこかで、たいてい夜に、それをします。きっかけとして語られるのはたいてい具体的な出来事です —— 親の病気、子どもの誕生、健康診断の再検査、知人の訃報。

そして厄介なことに、この思考は止めようとすると増えます。考えないようにすること自体が、対象を保持する作業だからです。回り続ける形になったときの扱いは、考えすぎ(反芻思考)のほうに書いてあります。

ここから先は、証拠の強さの順に並べます。弱いものから書くと、強いものが弱いものの根拠に見えてしまうので、いちばん有名な理論から先に、その弱さごと書きます。

存在脅威管理理論が主張したこと

1986年、グリーンバーグ、ピシュジンスキー、ソロモンの三人が恐怖管理理論(terror management theory、存在脅威管理理論)を提出しました。人類学者アーネスト・ベッカーの議論を心理学の実験に落とすのが狙いでした。

主張はこうです。人間は、自分がいつか必ず死ぬことを知っている唯一の動物で、その知識は放っておくと麻痺するほどの恐怖を生む。だから人は二つの緩衝材を作った —— 自分より長く続く世界観(文化、宗教、国家、価値体系)と、その世界観の中で自分がまともにやれているという自尊心。この二つが、死の知識を日常的に処理可能な大きさに保っている。

ここから実験的な予測が出ます。死を意識させると、人は自分の世界観をより強く防衛するはずだ。 実際、死について短く書かせた参加者が、自国や自分の価値観を批判する人物をより厳しく評価する、という結果が数百本の論文として蓄積されました。この効果は死顕現性効果(mortality salience effect)と呼ばれ、社会心理学でもっとも引用される枠組みの一つになりました。

そして、その中心的な実験は再現に失敗した

2022年、Many Labs 4 という大規模な追試プロジェクトの結果が公表されました。複数の研究室が、同じ手続きで、事前に登録した計画に沿って、死顕現性効果を測り直したものです。原著者の関与があった条件と無かった条件の両方が用意されました。

どちらの条件でも、効果は見つかりませんでした。

この結果をどう読むかは、いまも議論の途中です。効果そのものが無いのか、実験室で作れる程度の「死の意識」が現実の死の意識とあまりに違うのか、あるいは効果が特定の文化や時代に依存するのか。

はっきりしているのは、この理論を根拠に「死を意識すれば人は変わる」と言うことは、いまはできないということです。理論としての射程は依然として大きく、比喩としてもよく効きます。けれども実証の土台としては、以前考えられていたより薄い。

このページがこの節をここに置いているのは、何を根拠にしていないかを先に言うためです。この先に書くことは、TMTからは出てきません。

もっと地味で、もっと頑健なほうの証拠

死そのものではなく、残り時間の見積もりに注目した研究系列があります。

ローラ・カーステンセンの社会情動的選択性理論は、こう言います。人は、自分に残された時間をどれくらいだと見積もっているかによって、目標の種類を切り替える。 時間が豊富にあると感じているとき、人は情報を集める方向へ動く —— 新しい人に会い、知識を広げ、将来使えるかもしれないものに投資する。時間が限られていると感じているとき、人は情緒的に意味のあるものへ絞り込む —— よく知っている少数の人、確かに良いと分かっている経験。

この理論が強いのは、年齢以外の条件でも同じことが起きると予測し、実際に起きるからです。引っ越しを控えた若い人、期限のある滞在の終わり、重い病気の診断。年齢そのものではなく、時間の地平が縮むという条件が効いている。

つまり「死を意識すると価値観が変わる」の確からしい部分は、死ではなく時間のほうにあります。そして変化の中身も、道徳的な改心ではありません。選択肢を絞るという、もっと事務的なことです。高齢者の社交の輪が小さくなるのは、衰えでも孤立でもなく、しばしば選択の結果である —— これがこの理論のいちばん有名な帰結です。

ここは実用に耐えます。何を残し、何を落とすかに迷っているとき、問いを「何が大事か」から「残りが思っているより短かったら、どれが最初に落ちるか」に置き換えると、順序が出やすい。キャリア価値観診断がしているのも同じ種類の絞り込みで、全部を上位に置くことができないように作られています。

臨死体験が報告していること、していないこと

死のすぐ近くまで行った人が何を報告しているかについては、印象論ではない資料があります。

ブルース・グレイソンが1983年に臨死体験尺度を作り、報告の内容を数えられる形にしました。ピム・ヴァン・ロンメルらが2001年に『The Lancet』に発表したのは、オランダの複数の病院で心停止から蘇生した患者を、あらかじめ決めた手順で前向きに追った研究です。後から思い出してもらう研究ではなく、蘇生の直後に聞き取る設計でした。

数字はこうです。対象となった心停止からの生還者のうち、何らかの記憶を報告したのはおよそ5人に1人、尺度の基準を満たす中核的な体験を報告したのはおよそ1割強。多数派ではありません。そして、誰が報告するかを、心停止の重さや投薬や蘇生までの時間では予測できませんでした。

続きのほうが重要です。同じ研究は、体験を報告した人としなかった人を2年後と8年後に追いかけました。報告した群では、死への恐怖の減少、他者への関心の増加、物質的なものへの関心の低下といった変化が、対照群より大きく、しかも時間とともに増えていました。

ここで止めるのが誠実です。この研究は、死後に何かがあることを示していません。 意識が脳の活動から独立しうるかについても、決着はついていません。示されているのは、近くまで行った人に持続的な変化が起きているという、それ自体は十分に奇妙な事実だけです。その変化が何を意味しうるのかはあなたは臨死体験をしたことがありますかと、死が生を強める触媒になりうるかを検討した記事の二本で扱っています。

「つらいことがあると人は成長する」を、そのまま信じないために

テデスキとカルホーンが1996年に心的外傷後成長という概念と、それを測る尺度を作りました。深刻な出来事のあとに、人生への感謝、人間関係の深まり、新しい可能性、精神的な変化、自分の強さの発見といった変化が報告される、というものです。報告は世界中で繰り返し得られています。

ただし、その報告が実際の変化と対応しているかは別の問題です。

フレイジアーらが2009年に行った研究は、この点を正面から調べました。出来事の前と後の両方で実際に測っておき、後から「どれくらい成長したと思うか」と自己報告してもらう。両者はほとんど一致しませんでした。 しかも向きが逆でした —— 自己報告された成長は苦痛が増えたことと結びついており、実際に測られた変化のほうは苦痛の減少と結びついていた。二つは別の過程を映しているらしい、というのがこの結果の読みです。

これは心的外傷後成長が嘘だという話ではありません。測り方が難しいという話です。そして実務的には、もっと直接的な含意があります —— つらい目に遭っている人に「これはあなたを強くする」と言うことには、根拠がありません。 言われた側にできるのは、成長したと報告する側に回ることだけです。

死の意識についても同じです。意識すれば良くなる装置ではありません。 条件が変わるだけで、変わった条件の中で何をするかは、別の作業として残ります。

「一期一会」を結論にしないために

日本語には、この話をするための語が最初からあります。一期一会。 茶の湯の言葉で、井伊直弼が『茶湯一会集』で広めたとされます。この茶席は二度と同じようには起こらないから、いまこの一度として扱う、という意味です。

語があることは、便利です。説明の手間が要らない。けれども語があることと、条件が満たされていることは、別のことです。

「一期一会だから大事にしよう」という言い方は、結論の形をしています。結論の形をしたものは、それ以上の作業を求めません。だから唱えられて、そのまま置かれます。上に書いた研究のどれも、「大事にしよう」とは言っていません。 言っているのは、残り時間の見積もりが縮むと、優先順位の見え方が実際に変わるという条件の話だけです。

条件として読むと、使い方が出ます。「一期一会」は気持ちの持ち方の推奨ではなく、いま自分の時間の地平がどれくらいに見えているかを点検する語として使えます。無限に見えているとき、人は情報を集める方へ動き、会う人を増やし、判断を先に送ります。それは怠慢ではなく、地平に対する正しい反応です。そして地平は、出来事によって、しばしば予告なく縮みます。

死について考えている状態そのものについて、最後に範囲を書いておきます。考えることは正常です。 ただし、それが一日の大半を占め、眠りを壊し、外出や健康診断を避けるところまで来ているなら、それは死恐怖症と呼ばれる範囲に入っていることがあり、心療内科や精神科で扱えます。恐怖を消す方法ではなく、日常が戻る方法が目標になります。

そして、死にたい気持ちのほうは、このページの話とは別のものです。死について考えることと、自分の死を望むことは、まったく違う状態です。後者があるときは先にこちらへ。いのちの電話 0570-783-556、#いのちSOS 0120-061-338。深刻かどうかを自分で判定してからかける必要はありません。いますぐ危ないときは 110 か 119 です。

出典

  • · Greenberg, J., Pyszczynski, T., Solomon, S. (1986). The causes and consequences of a need for self-esteem: A terror management theory. In Public Self and Private Self. Springer-Verlag.
  • · Klein, R. A., Cook, C. L., Ebersole, C. R., et al. (2022). Many Labs 4: Failure to Replicate Mortality Salience Effect With and Without Original Author Involvement. Collabra: Psychology.
  • · Carstensen, L. L., Isaacowitz, D. M., Charles, S. T. (1999). Taking time seriously: A theory of socioemotional selectivity. American Psychologist.
  • · van Lommel, P., van Wees, R., Meyers, V., Elfferich, I. (2001). Near-death experience in survivors of cardiac arrest: a prospective study in the Netherlands. The Lancet.
  • · Greyson, B. (1983). The Near-Death Experience Scale: Construction, reliability, and validity. Journal of Nervous and Mental Disease.
  • · Tedeschi, R. G., Calhoun, L. G. (1996). The Posttraumatic Growth Inventory: Measuring the positive legacy of trauma. Journal of Traumatic Stress.
  • · Frazier, P., Tennen, H., Gavian, M., Park, C., Tomich, P., Tashiro, T. (2009). Does self-reported posttraumatic growth reflect genuine positive change? Psychological Science.

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