損得勘定の関係とお互いさま
貸し借りを数える関係と、必要に応じて動く関係。ギブアンドテイクという語がどこでずれるか、なぜすぐ返すと距離が開くのか。
関係の科学
取引的な関係は交換で動きます。自分がこれをしたから相手がそれをする、そして二人ともその帳尻を見ている。互酬的な関係 —— 日本語なら「お互いさま」の関係 —— は応答で動きます。相手が必要としているからこちらがする、自分が必要としているから相手がする、どちらも帳簿をつけていない。
違いは気前の良さではありません。二人とも同じだけ与えていることがあります。分かれるのは、与えることが釣り合いを条件にしているかどうかです。
「ギブアンドテイク」がこの話からずれる場所
英語で transactional と言えば貶し言葉です。日本語で「あの人とはギブアンドテイクの関係だ」と言えば、たいてい健全さの称賛になります。同じ構造を、二つの言語が反対の符号で呼んでいる。
外来語のほうが肯定的に響くのは、入ってきたときの文脈が仕事だったからです。取引先との関係としては、数えることは正しい。日本語で同じ構造を貶すときに出てくるのは別の語彙です。損得勘定、打算、貸し借り、見返り、恩着せがましい。
つまり日本語の読者は、この話を肯定語と否定語の二系統で持っていて、どちらの語を使うかを先に決めてしまうことになります。決めた時点で結論も決まる。この頁で見たいのはその手前、構造のほうです。
すぐお返しすると、なぜ距離が開くのか
マーガレット・クラークとジャドソン・ミルズが1979年に交換的な関係と共同的な関係を分けました。実験の結果のほうが本題です。
交換的な関係 —— 同僚、大家、取引先 —— では、記録することが適切で、そう期待されてもいます。受けた便宜を速やかに返すのが正解で、返さないのが問題になる。
共同的な関係 —— 恋人、親しい友人、家族 —— では、同じ振る舞いが関係を傷めます。クラークとミルズは、親しくなりたい相手・親しい相手に対して便宜を速やかに返すと、かえって好意が下がることを見つけました。清算は、清算をしない種類の関係にいることへの拒否として読まれるからです。
日本語圏では、ここが素直に読めません。贈答の側では、速やかで等量の返礼こそが作法だからです。半返し、お中元とお歳暮、香典返し。儀礼の側の正解を親密さの側に持ち込むと何が起きるかも、日本語には一語で用意されています。他人行儀。 割り勘をその場でぴったり送り返す動作が、知人に対しては礼儀で、恋人に対してはよそよそしさになる —— 実験が測っていたのはこの落差です。
被験者は北米の大学生が中心なので、数値をそのまま日本に持ってくることはできません。ただ、同じ動作がどの枠にいるかで逆の意味になるという構造のほうは、日本語の語彙がすでに証言しています。
取引になっている関係の見え方
- 受けたものが吸収されずに、速く、具体的に返ってくる
- 片方の貢献がときどき箇条書きにされる。たいていは揉めている最中に
- 助けに請求書がついていて、数か月後に回収される
- 引き揚げが梃子として使われる —— 不均衡を直すために、愛情や労力や連絡が止まる
- 「あれだけしてやったのに」が議論の材料として出てくる
最後の一つが目印です。この文は交換の枠の中でしか意味をなさないのに、口にするのはたいてい自分は見返りなしで与えていたつもりだった人です。そこが罠になっている。最も多い入口は、言わずに期待された交換です。 片方が共同的に与え、合意されたことのない返礼を期待し、釣り合わなかったときに初めて帳簿の存在を知る。
共依存と呼ばれているものの下で動いているのも同じ機構です。条件がついていて、その条件に誰も名前をつけていない与え方。自分が何を必要としていて、それを言えているのかは情緒的な必要の側の話になります。
「お互いさま」が成り立っている条件
半分ずつという意味ではありません。数えていないというより、ずっと長い時間尺で、ずっと緩い条件で数えているというほうが近い。
お互いさまの関係は、ある瞬間を切り取れば必ず不均等です。片方が苦しい年を過ごし、もう片方が多く持つ。互酬的にしているのは、向きが時間の中で動くこと、そしてどちらも動く期限を必要としていないことです。
利用されているだけの状態と分ける印が二つ。
向きが、いつかは両方に動いたことがある。 比例していなくてよく、最近でなくてよい。起きたことがあるかどうか。
頼めるか。 お互いさまの関係では、頼む前に「自分はこれを頼むだけのことをしたか」を計算しなくていい。計算しないと頼めないなら、それは一方通行のほうで、頼めない理由のほうがたいてい本題です。
グールドナーの古い指摘はいまも効いています。互酬性はほぼ普遍的な社会規範で、一番うまくいっている関係では、それが存在していながら見えていない。 見えるようになった時点 —— どちらかが帳簿を読めるようになった時点 —— で、何かはもう変わっています。帳簿が見えはじめるのはたいてい信頼の側で何かが起きたあとで、順序としては、数えはじめたから冷えたのではなく、冷えたから数えはじめたことのほうが多い。
出典
- · Clark, M. S., Mills, J. (1979). Interpersonal attraction in exchange and communal relationships. Journal of Personality and Social Psychology.
- · Clark, M. S., Mills, J. (1993). The difference between communal and exchange relationships: what it is and is not. Personality and Social Psychology Bulletin.
- · Gouldner, A. W. (1960). The Norm of Reciprocity. American Sociological Review.
- · Buunk, B. P., Schaufeli, W. B. (1999). Reciprocity in interpersonal relationships. European Review of Social Psychology.