愛着スタイルは変わるのか(獲得された安定型)
幼少期が安定していなくても、成人期に安定型に至る人はいる。研究が確かめたこと、三つの経路、必要ないもの。
関係の科学
獲得された安定型(earned secure attachment) とは、幼少期に安定した養育を受けていないのに、成人期には安定型として機能している状態のことです。発達心理学の縦断研究から出てきた区分で、困難な子ども時代を語りながら、大人の関係では安定型と区別がつかない一群がいる、という観察がもとになっています。
この領域で最も重要な発見であり、同時に最も雑に伝えられている発見でもあります。言っているのは「愛着スタイルは簡単に変わる」でも「決心すれば変わる」でもありません。愛着スタイルとは、自分の要求を他人がどう扱うかについての学習された予測であり、予測は証拠が変われば更新される。 主張はそれだけで、あとは全部そこから出てきます。
「獲得」と「愛着障害」—— 二つのつまずき
「獲得」は努力賞ではありません。 勝ち取った、頑張ったから手に入った、と読めてしまいますが、この語が指しているのは達成ではなく経路です。早期が不安定で、後に安定に至った —— その順番の記述であって、ご褒美ではない。
もうひとつは「愛着」という訳語です。日本語の愛着は情がわくことを指すため、アタッチメント理論が扱っている「怖いときに誰にくっつきに行くか」が落ちます。近年カタカナ表記が増えているのはそのためです。
日本語圏に特有の前提がもうひとつ。不安型も回避型も、障害ではありません。 日本語のウェブでも書店でも、不安定な愛着スタイルはしばしば「愛着障害」と呼ばれます。しかし診断名としての反応性アタッチメント障害は、極端なネグレクトを前提とする子どもの稀な診断です。成人の愛着スタイルは傾向の記述にすぎず、治す対象ではないというより、治療の枠組みに最初から入っていません。
研究が実際に示していること
Roisman らの研究がこの区分に厳密さを与えました。標本はミネソタ大学の縦断研究で、出生前から追われた米国の低所得層の親子です。 日本の標本でも、一般人口の標本でもありません。
そのうえで、獲得された安定型には定義が二つあります。成人愛着面接(AAI)でつらい子ども時代を一貫した筋で語れる人、という回顧的な定義。そして、幼少期の養育が実際に測られていて不安定だった人、という前向きな定義。この二つは思ったほど重なりません。 回顧的に獲得安定型とされた人は抑うつ症状の報告が多く、前向きな定義ではその差が出ませんでした。回顧的な区分は、今の気分が過去の語り方を暗くしている分も拾っています。
彼らの恋愛関係は、観察者の評定では連続的に安定型だった人たちと同等でした。歴史が無効になったのではなく、関係の中での振る舞いを決めなくなったということです。
もうひとつ頑健な所見。心理療法の過程で愛着の安定性は上がります。 Levy らのメタ分析は、学派を問わず、多くは副次的な指標としてこれを拾っています。愛着は診断ではないので治療の適応症になりませんが、予測が繰り返し裏切られる場所として治療はあてになる。
なお AAI は一時間ほどの面接で、内容ではなく語りの一貫性を評定します。日本語圏で流通している自己報告式の「愛着スタイル診断」は別のものを測っていて、うちの愛着スタイル診断も同じです。
三歳児神話と「もう手遅れ」
この話が日本語で届きにくい理由が、ひとつあります。三歳児神話 —— 三歳までは母親が家庭で育てないと取り返しがつかない、という言い方です。1998年の厚生白書は、三歳児神話には少なくとも合理的な根拠は認められない、と明記しました。制度の側の見解は二十年以上前に変わっていますが、常識は動いていません。
ここに毒親という語彙が重なると、話は決まった形に着地します。原因は分かった、そして手遅れだ。
獲得された安定型が反証しているのは、この二段目です。 早期の関係が近しい関係の初期設定になるという一段目は、間違っていません。間違っているのは、初期設定が最終設定だという部分です。
ただし、後から変わりうるという発見は、幼少期の養育がどうでもよかったという意味ではありません。早期が安定していた人は、同じ地点にはるかに少ない労力で立っています。
どこで変わるのか —— 三つの経路
安定した相手との関係。 いちばん多く、いちばん遅い経路です。要求を出してそれが受け取られる経験が年単位で積み上がると、予測は更新されます。ただし更新が起きるのは順調なときではなく、こじれたあとに対立と修復が実際に成立したときです。「安定型の人と付き合えば治る」という読み方は、相手を治療者にして関係を壊す道筋になります。
心理療法。 確実さでは一番で、効きを分けるのは学派よりも続いた期間と治療者との関係です。ただし日本では、カウンセリングは原則として健康保険の適用外で自費が前提、保険の枠に入るのは医師による通院精神療法で時間は短いことが多い。公認心理師が国家資格になったのも2018年の第一回試験からで、探し方の常識がまだ固まっていません。英語圏の記事がそのまま当てはまらないのは、効果の話ではなくたどり着きやすさの話です。
意図的な練習。 単独では弱く、他の二つと組むと効きます。中身は行動です。十のうち九まで我慢してから言うのをやめて、五で言う。居心地の悪さを九十秒だけ超えてその場に残る。試すのではなく直接頼む。確信は行動のあとに変わるのであって、先には変わりません。
必要ないもの、そしてかかる時間
前提だと思われていて、実際には前提ではないものが四つ。親との和解 —— 獲得安定型を特徴づけていたのは、何が起きたのかを一貫した筋で語れることであって、関係を修復したことではありません。全部思い出すこと —— 指標は一貫性であって完全性ではない。先に一人になること —— 一人で片づけてから関係に入る資格ができる、という考えを支持する証拠はありません。安心を感じること —— 安定型とは振る舞いに現れた予測の集合であって、自信のある気分ではない。
時間は月単位から年単位で、週単位ではありません。進み方は均等ではなく、負荷がかかると古い型が戻ります。それは習慣の再来であって、無効の証拠ではない。最初に動くのはたいてい、衝動と行動のあいだの隙間です。引きこもろうとしている自分、詰めようとしている自分に、実行するほんの少し前に気づく。隙間は最初は本当に小さく、そこから全部が建ちます。
最後にひとつ。安定性は説明されているよりも相手ごとに違います。ある人との間では安定していて、別の人との間ではそうならない。これは努力の失敗ではなく、その関係についての情報です。
出典
- · Roisman, G. I., Padrón, E., Sroufe, L. A., Egeland, B. (2002). Earned-secure attachment status in retrospect and prospect. Child Development.
- · Levy, K. N., Johnson, B. N., Kivity, Y., et al. (2018). Attachment style and psychotherapy outcome. Psychotherapy Research.
- · Mikulincer, M., Shaver, P. R. (2016). Attachment in Adulthood, 2nd ed. — Chapter 14.
- · Johnson, S. M. (2019). Attachment Theory in Practice.