怒りは二次感情なのか(怒りの氷山)
怒りの氷山を近くで見る。「怒りは必ず二次感情」が言い過ぎである理由、それでも喧嘩のあとに立てる問いとしては最良である理由、そして怒りが二番目に来るとき何をしているのか。
ウェルビーイングの科学
怒りの氷山の図は見たことがあると思います。水面から出ているのが怒りで、水面下に傷つき・恐れ・恥・寂しさが沈んでいる。本当の感情はそちらで、怒りはその蓋にすぎない、という絵です。
良い絵です。そして、ほぼ必ず強く言い過ぎられます。「怒りは必ず二次感情である」は研究の所見ではありません。臨床の経験則が、広まる途中で法則に硬化したものです。怒りは主要な基本感情の分類のどれにも入っています —— エクマンのものを含めて、固有の表情、固有の生理、固有の発達の時間割を持って。恐れと同じだけ一次的です。
擁護できる版はもっと狭く、そのぶん使えます。怒りは二番目に来ることが多い。 より無防備な何かの上に乗って来る。これらの感情の中で、自分を小さくせずに大きくする唯一のものだからです。法則ではありません。毎回立てる価値のある問いです。
この考えがどこから来たか
一次・二次という区別は感情焦点化療法のものです。グリーンバーグとサフランがこれを立てたのは、臨床家が日常的に見ている現象を記述するためでした —— 面接室で提示される感情が、提示されていない別の感情への反応であることがある。怒りが傷つきを覆っている、あるいは涙が激しい怒りを覆っている。
これは順序の記述であって、どの感情が基本かという分類ではありません。この二つが混同され、その混同から「怒りは本当の感情じゃない」という文が出てきます。事実として誤りであるうえに、怒っている人に向かって言った場合、驚くほど役に立ちません。
アヴェリルの日常的な怒りの調査は、氷山の絵が丸ごと落としている部分を足します。実生活の怒りは圧倒的に社会的な出来事で、しかも大部分は建設的です。向けられる相手は知っている人で、内容は「不当だと感じたこと」で、いちばん多い帰結は話し合って収めることです。怒りの大半は何かの仮面ではありません。 実際に起きた、起きるべきでなかったことへの反応です。
日本語圏でも、怒りを未熟さではなく機能のある感情として扱う研究の系列はあります。湯川らの整理は、怒りの発生・維持・表出をそれぞれ別の過程として扱っていて、怒ること自体と、その出し方は別問題という切り分けを前提にしています。この切り分けは、次の節でそのまま必要になります。
なぜ怒りが上に来るのか
二番目に来るとき、そこには具体的な理由があります。弱さでも不誠実でもありません。
怒りは接近の感情です。 カーヴァーとハーモン=ジョーンズは、怒りが恐れと違って接近状態であることの証拠をまとめました。対象から遠ざけるのではなく、対象へ向かわせる。不安の退避パターンではなく、接近動機に伴う左前頭の活動パターンを示す。機構はこの一文で終わりです。傷つきは人を小さく、動けなくします。怒りは人を立たせ、動かします。 どちらかを選べと言われたら、神経系はたいてい「手順がついてくるほう」を取ります。
問題の置き場所が変わります。 傷つきは「私があなたに何を必要としているか」の話です。怒りは「あなたが何をしたか」の話です。後者のほうが、口に出すのがはるかに楽で、そういう状態でいるところを見られるのもはるかに楽です。
そして速い。 無防備な感情は同定に一拍かかります。怒りは即座に手に入る。だから順序は内側からは見えません。何かに気づいたときには、もう二番目の感情の中にいます。
片方しか許されなかった人もいます。 どの感情が上に来るかは、しばしばその人がいま何を感じているかより、どの感情が通ると学んだかについての事実です。日本語では、これを家ごとに推測する必要がありません。次の節のとおり、言い回しのほうが公共にあります。
日本語では、この話が「我慢しろ」に吸い込まれます
ここが英語版に対応する節の無い部分で、しかもこのページを日本語で書くときの最大のリスクです。
英語版は氷山の誤用について「他人に対して使うな」と注意すれば済みます。日本語の読者は、その前に別のものを持って入ってきます ——「怒ってはいけない」。大人げない、みっともない、感情的になるな、いい歳をして、そして我慢。我慢は日本語で美徳の語です。美徳の語が待ち構えているところへ「あなたの怒りは本当の感情ではなく、下に別のものがある」を落とすと、着地点はひとつしかありません。「だからもっと我慢しなさい」。
この項目はその読み方を取りません。 上に書いたとおり、怒りは基本感情の分類のすべてに入っています。そして日常の怒りの大半は何かの仮面ではなく、実際に起きた不当への反応です。二次感情の問いは、怒りを取り下げるための問いではありません。何の知らせなのかを読むための問いです。 取り下げるために使うなら、この頁は読まないほうがましです。
「キレる」という語も、同じ方向に効いています。 1990年代後半に広まってから、怒りを語るときの既定語のひとつになりました。この語が持ち込むものは二つあります。ひとつは枠づけで、「キレる」は感情の名前ではなく、制御が失敗したという出来事の名前です。 もうひとつは解像度で、この語には段階がありません。 平静か、キレたか。その間にある「腹が立っている」「引っかかっている」「まだ収まっていない」は、この語の下では全部見えなくなります。段階が見えない状態で氷山の問いを立てても、答えられるものが無い。ここが感情の解像度(感情粒度)と直接つながる場所です。
語の登録も割れています。 英語の anger は診察室でも台所でも同じ語です。日本語で書き言葉に出るのは「怒り」「立腹」「憤り」で、実際に口から出るのは「腹が立つ」「ムカつく」「イラっとする」「頭に来た」。「私は怒りを感じています」と言う人はほとんどいません。だから研修資料に印刷された「怒り」と、自分の火曜日に起きていることが、同じものだと接続しないまま終わることがよくあります。
最後にもうひとつ、日本で特有の事情。アンガーマネジメントは、日本では企業研修の商品として普及しました。 日本アンガーマネジメント協会が2011年に設立されて以降、ハラスメント対策の文脈で導入されることが多く、6秒待つ、という実践がよく知られています。衝動と行動の間に間隔を入れるのは、それ自体は良い技術です。 ただし研修の目的は職場の事故を減らすことなので、到達点はたいてい「鎮める」に置かれます。二次感情の図がいちばん大量に配られているのがその場で、そこでの結論は「下に傷つきがあるのだから、怒らなくて済む」になりがちです。
この頁の結論は逆向きです。 6秒は、怒りを消すための6秒ではなく、それが何についての怒りかを読むための6秒です。何をしたかは評価されます —— 怒っていることは、それ自体では誰にも何もしていません。行動の側で何が関係を壊し何が直すかは対立と修復にあります。
どちらの怒りか、見分ける
その場では、四つの手がかりがほとんどの仕事をします。
- 大きさ。 出来事の三倍ある反応 —— 不釣り合いな怒りは、下に何かがある古典的な目印です。実際の不当に対する釣り合った怒りは、たいてい単なる怒りです。ただし不釣り合いの基準に注意してください。その日の出来事に対してではなく、前回言えなかった分に対して釣り合っていることがあります。
- 宛先。 やった人ではなく、いちばん近くにいる人に落ちるなら、何かを運んでいます。
- 解決の形。 謝られたら本当に収まるなら、おそらく一次の怒りです。相手が何を言えば助かるのか一つも想像できないなら、その言い争いは、口に出ている主題についてのものではありません。
- 後に残るもの。 一次の怒りは、言われて聞かれると下がります。傷つきを覆っていた怒りの後に来るのはたいてい恥と罪悪感で、これはそれ自体が問題です。恥はまた怒りに変換されるので、ループが何日も回ります。
留保が二つあります。氷山は、言い争いの最中に相手へ向けて使う道具としては最悪です。「本当は何があるの?」を怒っている相手に言うと、どれだけ善意でも、怒っている当の中身を軽く扱われたと聞こえます。そして逆向きの誤りも同じだけ多い。実際の不当な扱いへの正当な怒りを「掘り出すべき症状」として扱うのは、何も起きていなかったと自分を説得するいちばん確実な方法です。その場合の項目は個人の境界線のほうで、怒りはしばしば、境界が越えられたことの最初の正確な信号です。
そして長く我慢が続いたときの行き先も書いておきます。抑え続けることは怒りだけを選んで止められないので、その先にあるのは平穏ではなく何も感じない(感情の麻痺)です。
どうするか
- 問いは一度だけ、自分に、あとで。「あれの下に何があったか」 —— 冷えてから、自分の怒りについて、その場ではなく、他人のものについてでもなく。
- 傷ついたほうを、一人に言う。 二番目に来る型の費用は全部ここです。下の感情がついに一度も言われないので、一度も応えられない。 誰にでもいいので一度言うと、たいてい圧が下がります。具体的な言い方は喧嘩の翌日に何と言うかにあります。
- 場を壊さないために飲み込むのは、延期であって解決ではない。 その場で言わないと決めるのは構いません。言う場所と時間を別に取らないと、延期は貯蓄になります。 三日後に別の理由で、利息つきで出てきます。
- 自分の既定を知る。 圧がかかったときに出る反応は闘争・逃走・凍結・迎合の主題で、闘うのは四つのうちの一つです。傷つきを引きこもりや迎合に変換する人も同じだけいて、言い争いの最中に黙ってしまうのはその形です。同じ置き換えが別方向に走っているだけです。
- 解像度を上げる。 怒り・傷つき・屈辱・恐れは、必要なものが四つとも違う四つの状態で、解像度が低いと一つになって届きます。感情の解像度(感情粒度)がその練習です。
対立スタイル診断は怒りが出てからの動きを、ストレス反応診断は圧のかかったときの既定を、コミュニケーション・スタイル診断はそれがどう出ていくかを読みます。
線を引いておきます。この頁が扱っているのは普通の感情で、普通の感情は治すべきものではありません。日常的な怒りの研究が言っているのは、その大半が情報であり、解決可能だということです。ただし、周りの人を怖がらせる怒り、始まると自分で下げられない怒り、あとで謝る必要のある何かにつながった怒りは別の話で、自己分析よりも専門家の助けが要ります。
そして、他人の怒りが怖いのであれば、これはもう感情についての頁ではありません。安全の問題で、性格診断ではなく専門の窓口の話です。DV相談+(0120-279-889) は24時間、全国どこからでも相談を受け付けています。何と呼ぶべきことなのかを先に決めておく必要はありません。
出典
- · Ekman, P. (1992). An argument for basic emotions. Cognition and Emotion.
- · Averill, J. R. (1983). Studies on anger and aggression: Implications for theories of emotion. American Psychologist.
- · Greenberg, L. S., Safran, J. D. (1989). Emotion in psychotherapy. American Psychologist.
- · Carver, C. S., Harmon-Jones, E. (2009). Anger is an approach-related affect: Evidence and implications. Psychological Bulletin.
- · 湯川進太郎 編 (2008). 『怒りの心理学 —— 怒りとうまくつきあうための理論と方法』. 有斐閣.