遠ざけている最中の自分を捕まえられる人はまずいません。気づくのは後始末のほうです —— 誰にも説明できない理由で冷めた友情、急にいなくなったよねと言った相手、良い一週間のあとの平らな一週間。行為そのものは行為に感じられません。忙しくなった、早く寝たかった、その人がやっと正確に見えた、という感じがします。
日本語はこの「確かめるために困らせる」行為に、一つの領域だけ名前を持っています。里親養育と保育で使われる「試し行動」です(福島里美「里親養育における『試し行動』とは何か」、日本子ども家庭福祉学会誌19)。どこまで受け止めてもらえるかを確かめるために、わざと受け入れがたいことをする。子どもについては名前があり、大人についてはありません。名前が無い側が、無いという理由で人格の話にされます。
四つの押し方
良くなったときに起きる。悪くなったときではない。 これが署名で、大半の人が見落とします。原因を相手の中に探しているからです。予想より良かった週末。いつもより正直だった一文。あなたがいてよかった、という言葉。そして数日のうちに、予定していなかった冷たさ。近さが露出として登録され、露出が危険として登録され、危険を扱う仕組みが、断りもなく距離を作る。内側では粗探しとして届きます。噛み方、連絡の頻度、妹について言ったこと。粗は本物です。時期のほうが情報です。
戻ってくるか確かめるために押す。 もう一つの版で、仕組みは逆です。ここでの距離は後退ではなく質問 —— 尖った一言、遅らせた返信、断った予定、明らかに大丈夫ではない「大丈夫」。聞かれているのは追ってきてくれるのかで、そう聞く理由は、平らに聞くのが耐えがたいからです。大人版の試し行動で、損害がいちばん大きいのもこれです。通過されるたびに、試験が難しくなるからです。
置いていかれるより先に置いていく。 試験でも後退でもなく、先制です。どこかで、人は去るものだ、変数は自分が扉を持っているかどうかだけだ、と結論した。このパターンの関係は悪く終わりません。早く、礼儀正しく、誰も説明できない時点で終わり、こちらは周囲が驚くほど平静です。
押しているという感覚がまったく無い。 私的なだけ。基準が高いだけ。何を考えているか聞かれるのが嫌で、そう言っただけ。一つずつは全部擁護できて、合わさると誰も名づけなかった壁になります。見えるのはパターンの中だけ —— 違う人が去り際に同じことを言ったなら、それは複数の意見ではありません。標本数のそれなりにある一つの観察です。
相手の側からどう見えているか
ここは届かない部分なので、書いておく価値があります。向こうから見ると、何も予告されていません。温かさがあって、そのあと天気があった。最後の会話を遡って間違いを探し、間違いは見つからない。見つかるより悪いことです —— 理由なく冷まされた人は理由を発明し、発明される理由はたいてい自分についてのものだからです。
そこから二つのどちらかをします。近づいてくる —— 押す力が強くなります。あるいは距離を合わせてくる —— こちらには「やっぱり行く人だった」の確認に読めます。どちらの結末も、壁が正しかったという証拠として読まれます。それが閉じた輪で、このパターンが頑丈な理由です。自前で証拠を製造します。
今週やること
- 直近三回に日付をつける。理由ではなく日付と、その前の週に何があったかを。毎回その前の週が良い週なら、答えは出ていて、誰かに貰う必要はありませんでした。
- 距離を作りたくなったら、距離を取って、取ったと言う。「ちょっと静かにしてるけど、あなたのことじゃない。二、三日もらったら戻る」。一文です。ほとんど何も要らず、実際に損害を出しているもの —— 距離ではなく、距離のまわりの沈黙 —— を取り除きます。
- いつも会話を終える地点から90秒長く留まる。出ていき続けている近さが置いてある場所です。
- 二つめの型 —— 追わせるために押す型 —— なら、武装していない版を一度だけ試す。「怒ってるって気づいてほしかったのに、気づきにくいやり方をした」。誰も言いません。試験より毎回よく効きます。
何で決まるか
このページの全部が、地図のどちらの端にいるかで二つに割れ、二つの端は互いに矛盾する助言を必要とします。押すことが余地の取り方なら、練習は留まること —— もう少し長く、もう少し言い、居心地の悪さを意味ではなく一時のものとして扱うこと。押すことが追わせる頼み方なら、練習は平らに頼むことと、頼んでから答えが来るまでの隙間に耐えることです。
間違ったほうをやると悪化します。そして内側からは判別できません —— 回避の版は何も感じさせないように出来ているからです。愛着理論が両方の下にある枠で、二つが重なるのが恐れ・回避型、同じ晩に両方やる人たちです。診断は二つのつまみを別々に読みます。どちらの助言が自分のものかを知る方法はそれだけです。
同じ二つのつまみは職場でも回っていて、そこには非対称が一つあります。押す版は気づかれて管理され、引く版は手のかからない人として読まれ、しばしばそれで評価されます。それぞれが席でどう見えるかは、その非対称の話です。