この問いはたいてい、具体的な不満にくっついて来ます。抽象的な「性格は変わるか」ではなく、「会議で何も言わない人であることをやめられるか」「何でも引き受けてしまうのをやめられるか」「前の晩まで全部残す癖をやめられるか」。一般形より良い問いで、答えも良い。特性変化の研究が扱っているのは、まさにそれ —— 一つの次元を、意図して、数か月かけて動かすこと —— だからです。
出回っている二つの立場はどちらも外れています。一方は「二十代で固まるので聞くだけ無駄」、もう一方は「本気なら誰にでもなれる」。所見はその間の地味な場所にあって、どちらより役に立ちます。
日本語では前者に「三つ子の魂百まで」という強い後ろ盾があります。俗諺として広く使われますが、これは幼少期に何かが定まるという観察であって、何がどれくらい動くかを測った文ではありません。 測った数字のほうを見ます。
研究が実際に示していること
特性は勝手に、一定の方向へ動く。 多国の縦断研究がだいたい同じ漂流を見つけています。誠実性と協調性が上がり、情緒の不安定さが下がり、開放性は後年やや下がる。緩やかで、十年単位では意味があり、一年ではほぼ見えず、何の企画も無しにほぼ全員に起きる。この絵のいちばん争われていない部分で、いちばん驚かれる部分でもあります。
意図的な変化は数か月で測れる移動を作る。 志願者に特性を一つ選ばせ、毎週小さく具体的な行動課題をこなさせた研究は、狙った次元に数か月以内で実際の移動を見つけています。細部が二つ大事です。動いたのは行動をやった人で、意図を述べて記録しただけの人には何も起きなかった。そして変化の大きさは控えめでした。検出できて、本人にも分かる程度。分布の端から端へ人を移す量ではありません。
遺伝性は固定を意味しない。 双生児研究で特性は四割から五割ほどの遺伝率として出て、その数字が終身刑のように引用されます。違います。遺伝率は集団の中のばらつきのうちどれだけが遺伝的なばらつきと関連するかの記述で、個人が変われるかどうかについては何も言わず、大きな移動と完全に両立します。遺伝学的研究の項が、この数字が許すことと許さないことを書いています。
変わるのは行動の頻度で、天井ではない。 取り組んだ内向型は外向型になりません。以前はしなかった頻度で会話を始めるようになった人で、そのあと晩は要る。土台の設定は少し動く。大きく動くのは、それにもかかわらず何ができるかのほうです。
動きやすさに層がある。 行動がいちばん動き、次に習慣、次に特性得点、そして —— ほとんど動かない —— その下の気質。感受性、基礎的な活力、反応の速さは、誠実性とは比べものにならないほど頑固です。いちばん動かない層を狙って失敗した人は「何も変わらない」と結論しますが、それは的の選び方からの妥当な推論です。
そして格好のつかないほう。大人の変化の多くは状況由来です。 本当の責任の伴う新しい仕事、安定した相手との関係、子ども、別の国。役割は、決意よりはるかに確実に人を作り替えます。一月に一人で何とかしたい人には不都合な事実です。
どうするか
- 新しい自分ではなく、一つの次元と一つの行動を選ぶ。「毎回の会議で、前半のうちに一度発言する」は企画です。「もっと自信を持つ」は気分です。
- 比較できる基準線を取る。いまのパーセンタイルと、半年後の同じ計器。記憶は対照群になりません。そのときの気分が示唆するものを報告してきます。
- 実際に動く層を選ぶ。的が「どれくらいの音量に耐えられるか」「どれくらい速く反応するか」なら、頑固な層を狙っています。労力は、別人になることではなく段取りのほうへ回したほうがいい。
- 役割の経路を受け入れる。誠実になりたいなら、他人が当てにする何かを引き受けるほうが、四半期で、どんな個人的な仕組みの一年分より効きます。
- しばらく演技に感じられて、やがてそうでなくなることを見込む。行動と「自分はそういう人間だ」という感覚のあいだの隙間は、ゆっくり、行動の側から閉じます。逆側からは閉じません。
何で決まるか
どの特性を動かそうとしているかで、余地がどれだけあるかが変わり、それは一般論ではなく「いまどこに座っているか」の問いです。誠実性20パーセンタイルの人には可動域が大量にあり、移動にすぐ気づきます。90パーセンタイルの人は、すでに仕事の大半を支えているものを変えようとしていて、得られるものより費用のほうが大きい。
ラベルではなくパーセンタイルを勧める理由はここに尽きます。ビッグファイブは五つを基準と比べて返し、何も丸めないので、半年後の二度目が一度目と比較可能になります。パーセンタイルの意味は、どちらを解釈する前にも十分の価値があります。問いの下にあるのが「能力や人柄は配給されたものだ」という前提なら、その構えも測れて、そもそも着手するかどうかを予測します。