ソシオトロピー(社会的依存性)
自分の価値がどれだけ他人の承認に繋がれているかという次元。40年ぶんの尺度が何を捉え、何を捉えていないか。そして日本語に定訳が無いことの帰結。
測定のしかた
ソシオトロピーとは、自分の価値がどれだけ他人の受容と承認に繋がれているかの程度です。質問紙で測られるパーソナリティの次元で、連続体として得点され、誰にでもその上の位置があります。
アーロン・ベックが1983年に、二つで一組のものとして提案しました。ソシオトロピーが高い人は、対人的な出来事で落ちる —— 拒絶、批判、置いていかれること、誰かが冷たくなること。対になる自律性(オートノミー)が高い人は、別の種類の出来事で落ちます —— 失敗、制御を失うこと、やろうとしたことを妨げられること。同じ抑うつに、入口が二つある。どちらの入口を使う人かが分かれば何を警戒すべきかが分かる、という設計でした。
構成概念としてはこれで全部です。病気ではなく、タイプでもなく、人格への判定でもありません。
尺度は実際に何を訊いているか
ベックらが1983年に Sociotropy–Autonomy Scale を作り、クラークとベックが1991年に心理測定上の整理を加えました。中身を確認するときの標準的な参照はいまでもこの1991年のほうです。ソシオトロピー側は、三つの束としてまとまります。
不承認への懸念 —— 誰かが自分を悪く思うかもしれないことがどれだけ重いか、その可能性がどれだけ長く生きたままになるか。
分離への懸念 —— 離れること、いなくなられること、特定の相手の注意を失うことの重さ。
人を喜ばせること —— 好かれたいこと、そのために自分の振る舞いを調整すること。
三つの束は同じようには振る舞いません。これが、この構成概念が名前より狭いことの最初の兆候です。抑うつとの関係のほとんどを担っているのは「不承認への懸念」の項目のほうです。 ロビンズらが別の道具(Personal Style Inventory)を作ったのも、同じ二次元をもっと締めるためでした。
対になるもう半分の成績は、よくありませんでした。自律性は、ソシオトロピーほどきれいに測れたことがありません。 独立・達成・孤独は一つのものではなく、項目が雑多になった。内的整合性も予測力も、研究をまたいで相棒に届きませんでした。ソシオトロピーが、それが出てきた二分法よりも頻繁に引用されるのは、この非対称のためです。 誰かの「ソシオトロピー・自律性プロフィール」を、両半分が同じだけ堅いものとして読む前に、知っておく価値があります。
予測のほうはどうなったか
この構成概念を面白くした主張は検証できるので、そこを見るのが筋です。ソシオトロピーが対人的な出来事に対する脆弱性なら、ソシオトロピーの高い人は対人的な出来事のあとに落ち、自律性の高い人は達成に関わる出来事のあとに落ちるはずです。これが一致仮説で、何十年も検証されてきました。
結果は部分的です。 ソシオトロピーは、40年ぶんの研究文献を生かしておける程度には抑うつを予測します。一方で、「この種類の人が、この種類の出来事のあとに、他方ではなく落ちる」という正確な対応の主張は、再現が安定しません。1995年にコインとウィッフェンがその理由を整理し、この批判は捨てられていません。質問紙が測っているものが、いまの症状と一緒に動く。 だから既に落ちている人は得点が高く出る。不調になってから現れる脆弱性は、先にあった脆弱性の証拠にはなりません。 特性と状態を分けるには、何も起きていない時点で測られた人が必要で、その研究は遅く、数が少ない。
つまり誠実な読み方は、「予測力は本物だが控えめで、道具には既知の交絡がある構成概念」です。二次資料での使われ方 —— ある人の社会的なあり方をまるごと説明する既成の答えとして出てくること —— からは、かなり遠い。その距離が何を要求するかは構成概念妥当性の項目にあります。
日常語の「人に合わせすぎる」とは一対一ではない
この項目を立てる値打ちはここにあります。二つの語はいま互換に使われていますが、覆っている範囲が違う。構成概念は項目で定義されるので、ラベルがどう聞こえるかに関係なく、項目が測る範囲を決めます。
ソシオトロピーが測って、日常語が言っていないもの。 価値がどこに繋がれているか、そしてそれに伴う恐れです。不承認と分離の項目が訊いているのは行動ではなく脆弱性で、だから外から見てなんの変わりもない社交生活を送っている人が高く出ることがあります。測られているのは、冷たい返事がその人に何をするかであって、その人が何をするかではない。もともと気分を予測するために作られ、いまもそのための道具です。
日常語の側にあって、ソシオトロピーが訊いていないもの。 まず読むこと —— 口を開く前に部屋を読むのは恐れではなく技能で、その正確さを測る項目はありません。他人の仕事を引き受けることも訊かれていない。そしていちばん重要なのは日常形の第三の層、自分の好みが見つからなくなることで、ソシオトロピーの項目はここをほぼ通過してしまいます。そこに近い測定済みの構成概念は、ソシオトロピーより unmitigated communion のほうです。
逆向きの場合は、聞くより多い。 承認がどうしても必要で、冷たい返事を一週間抱えてしまう人が、断るほうは一日中できる、ということは普通にあります。先に不機嫌を済ませてしまうのも、不承認の来かたを自分で決める一つの方法です。反対に、好かれたいという投資はほとんど無いまま、習慣だけで全部に同意している人もいます。
ずれは双方向にある。どちらも構成概念の欠陥ではありません。40年測られてきた名前は日常語より価値がありますが、日常語と同じものにはなりません。 これはこの構成概念についての事実ではなく、一般的な教訓のほうです。
日本語に定訳が無い、ということ自体の帰結
日本語には、この構成概念の定まった訳がありません。流通しているのは「社会的依存性」「対人依存性」、そしてカタカナの「ソシオトロピー」で、どれも一枚では通っていません。
これは語の好みの問題ではありません。定訳の無い構成概念は、その言語の研究と臨床で使われにくい。 論文の見出しに置けない、学生に説明するたびに原語を括弧で添える、臨床記録に書いても次の読み手に同じ意味で届くか分からない。結果として語は翻訳された教科書の索引には残り、その言語で新しく測られることは少なくなります。
日本語圏の研究が代わりに育てたのは「過剰適応」のほうです。 自分を抑えて環境に合わせすぎる状態を指し、尺度も作られていて、主に学校と職場への適応の枠で論じられてきました。ここが肝心で、同じあたりを指していても、作られた目的が違います。 ソシオトロピーは抑うつの脆弱性として作られ、過剰適応は適応の過剰として作られた。項目が違えば、同じ現象に地図が二枚でき、二枚は相互に換算できません。日本語で読める尺度の得点と、英語論文の sociotropy の得点は、並べて読めない —— これは翻訳の不足ではなく、構成概念が項目で定義されるということの、素直な帰結です。
ソシオトロピーの得点を目にしたとき、そのうえで持っておく注意が三つあります。連続体であり、多数は中ほどにいます。 中程度のそれは慰めではない利点を連れてきます —— 他人がどう思うかを気にする人は、何かがおかしいことに早く気づき、他の人が放っておく関係を保ちます。研究文献が高い側ばかり語るのは、研究の問いがそうだからで、特性についての所見ではありません。次に、これは素因であって診断ではない。 条件つきのリスクについての言明です。そして最後に、この特性では測定の問題が特に強く噛みます。価値を承認に繋いでいる人は、その場が求めているように見える答えに同意しやすい人のはずです —— 回答スタイルにある黙従の問題で、これを解いた人はまだいません。自己報告の数値は推定として読むのが妥当です。
一週間の中でこれがどう見えるかという実務的な問いなら、人に合わせすぎることがその項目で、診断は特性ではなく直近一か月の行動を数えます。関係に限定した最も近い構成概念は不安型の愛着で、重なりますが同じではありません。愛着スタイルは絆を記述し、ソシオトロピーは人を記述します。
出典
- · Beck, A. T. (1983). Cognitive therapy of depression: New perspectives. In P. J. Clayton & J. E. Barrett (Eds.), Treatment of Depression: Old Controversies and New Approaches. Raven Press.
- · Beck, A. T., Epstein, N., Harrison, R. P., Emery, G. (1983). Development of the Sociotropy–Autonomy Scale: A measure of personality factors in psychopathology. Unpublished manuscript, University of Pennsylvania.
- · Clark, D. A., Beck, A. T. (1991). Personality factors in dysphoria: A psychometric refinement of Beck's Sociotropy–Autonomy Scale. Journal of Psychopathology and Behavioral Assessment, 13(4).
- · Robins, C. J., Ladd, J., Welkowitz, J., Blaney, P. H., Diaz, R., Kutcher, G. (1994). The Personal Style Inventory: Preliminary validation studies of new measures of sociotropy and autonomy. Journal of Psychopathology and Behavioral Assessment, 16(4).
- · Coyne, J. C., Whiffen, V. E. (1995). Issues in personality as diathesis for depression: The case of sociotropy–dependency and autonomy–self-criticism. Psychological Bulletin, 118(3).