長く続いている二人の研究では、対立のうちおよそ三分の二が解決されないままであることが分かっています。続いた二人は、それを解決した人たちではありません。何も失わずにその喧嘩をする方法を覚えた人たちです。
日本語にはここで一つ、邪魔をする諺があります。「夫婦げんかは犬も食わない」。放っておけば収まる、口を出すものではない、という意味で、そのぶん繰り返す喧嘩を話題から外す働きをします。収まるのは本当です。収まっただけで、終わってはいません。だから目標は喧嘩を無くすことではなく、それが実際には何についてなのかを見て、最後の五分を変えることです。
たいてい起きていること
片方が聞かれていないと感じていて、話題は代理をしている。 喧嘩は皿のこと、お金のこと、あるいは向こうの親のこと。その下で、片方は私を真面目に扱っていないと言い、もう片方は何をやっても駄目だと言っています。どちらの文も口に出ないので、皿が両方を運ばされる。皿には運べません。
二つの対立スタイルが固まっている。 片方は押す —— 早く言う、全部言う、声が上がる。もう片方は引く —— 平らになる、黙る、部屋を出る。押すと引きがひどくなり、引くと押しが大きくなる。内側からは互いに妥当に反応しているだけで、外側からは部品が二つある一台の機械です。
喧嘩は終わっていない。止まっただけ。 誰も折れず、誰も修復せず、燃料が切れて生活が再開する。だから次はその止まった地点から、利息つきで始まります。終わっていない喧嘩は消えません。待っています。
片方が言うのをやめていて、喧嘩が圧力弁になっている。 何週間ぶんの小さな未発言が、その日起きた何かに貼りついて、一つの大きなものとして出てくる。もう片方は困惑します —— どこから来たんだそれは。 言わなかった全部から来ています。
今夜やること
- 喧嘩の下の喧嘩に名前をつける。一度だけ声に出して、「これ、たぶん私を真面目に扱ってくれてるかどうかの話だと思う」 —— あるいはそれが何であれ。言いすぎに感じます。議論の中で最初の正直な一文です。
- 喧嘩していないときに、中断の規則を決めておく。20分、どちらからでも宣言できて、会話は20分後に再開する、それ以降ではなく。中断は、黙るほうの人が戻ってこられるようにするための装置です。
- 下手でもいいから修復する。喧嘩のあとの肩に置く手。「きつかったね。まだここにいるよ」。続く二人は喧嘩が上手いのではなく、手を伸ばし直す人たちです。翌朝いちばんに思いつく文のほとんどは、逆効果のほうです —— 喧嘩の翌日に何を言うか。
夜に終わらなかった喧嘩が眠りを壊すなら、それは別の場所で扱っています —— 喧嘩のあと眠れない。
何で決まるか
誰が押して誰が引くか、誰が直して誰がまず感じてほしいか —— それは測れますし、繰り返す理由の説明のほぼ全部です。自分の対立スタイルが半分。相手のものと並べると、噛み合いが一回の読み合わせで見えます。見えてしまうと、同じことを続けるのはかなり難しくなります。