この問いを良い気分で調べる人はいません。たいてい、誰かに言われたあと、三通目を送っている自分に気づいたあと、あるいはその語が入った別れ方をしたあとに来ます。
まず、日本語の「重い」について。この語は量の評価に見えて、実際には話し手の容量の告白です。「重い」と言われたとき告げられているのは、あなたの欲求の大きさではなく、相手が持ち上げられる重さのほう。ここを取り違えると、直す場所を間違えます。近さ・安心・接触を求めることは障害ではありません。欲求で、欲求は多すぎません。うまくいかなくなるのは、もっと具体的な三つの形です。
たいてい起きていること
欲求は普通で、相手の容量が小さい。 たくさん接触を渡せるように出来ている人と、少ししか渡せないように出来ている人がいます。一日一通が要る人と、一日一通が煩わしい人が組めば、後者は毎回前者を重いと呼びます。ラベルは差について言っていて、あなたについて言っていません。
安心が要るのに、安心が保たない。 不安型のパターンで、非常によくある形です。安心は効きます —— 数時間は。そして見張りが再開し、また尋ね、その「また」が人を疲れさせる。重いと呼ばれているものの中身は、与えられても留まらない欲求です。仕組みは安心が効かない理由のほうに書いてあります。
自分の欲求を全部その人一人に通している。 友人が離れ、続けていたことをやめ、一週間の中身が相手しかない。すると相手が忙しい夜は中身のない夜になり、欲しさが一週間ぶんの重さを連れて出てきます。これは愛着の話ではなく算数です。
今週やること
- 今週実際に頼んだことを書き出す。どう感じたかではなく、依頼のほうを。たいていの人は、その一覧が短いこと、多すぎる感じは頻度ではなく頼み方から来ていたことに気づきます。
- 感情的な欲求を一つ選んで、別の場所で満たす。週に一晩、相手ではない人たちと過ごす自分の時間。誰かを罰するためではなく、荷重を散らすために。
- 今夜安心を求めるなら、その答えを明日まで保たせてみる。それが練習で、難しくて、それが全部です。
何で決まるか
「重い」は二人の違う人に貼られます。近さへの欲求が熱く走って落ち着かない人と、欲求は平均的なのに引いていく相手に当たった人。前者は知る価値のある愛着のパターンで、後者は噛み合わせの問題です。噛み合わせは、どれだけ自分を磨いても直りません。
関係の内側からは、どちらか判別できません。愛着スタイル診断からは判別できます。